CINEMA STUDIO28

2014-01-05

もらとりあむタマ子

 
映画初めは新宿武蔵野館で「もらとりあむタマ子」、山下敦弘監督、前田敦子主演。1時間少しの中篇は、もともと15秒だか30秒だかのスポットCMシリーズとして作られたものだとか。
 
 
 
 
大学は出たけれど就職活動がうまくいかず、何の展望もないまま甲府の実家に帰省したタマ子の秋、冬、春、夏まで。実家は「甲府スポーツ」というスポーツ用品店で、父親がそれを経営しながら暮らしている。母親は離婚したのか離れて暮らしていて、おじさん夫婦が近くにいるという環境。
 
 
秋冬のタマ子は無脊椎動物みたいな動きで、主に床、畳、布団の上に生息しており、滅多に起きあがらない。起きあがるにしても足から動かずとりあえずお尻を動かし徐々に立ち上がるノロノロした動きで。まだ23歳の女の子なのに、新たな生命体(無脊椎)を発見したようにスクリーンを凝視してしまった。冒頭から父親が作ったと思われるロールキャベツを食べるのだが、皿にかけられたラップを全部剥がさず、6割ほどだけ剥がしてがつがつ食べる。ロールキャベツ、たぶんチンしたほうが美味しいし、チンしないとしてもラップぐらい全部剥がして食べようよと思うのだけど、タマ子の不機嫌さ、雑さがぐっと凝縮されたオープニング。父親と、店にやってきた近所の中学生男子を巻き込んで、無脊椎動物がのろのろと立ち上がっていく様子が60分少しで描かれる。普段これぐらいの長さの映画を観るときはあっという間に終わった感覚しか残らないけど、この映画はもっと長い映画を観た感覚が残った。タマ子と周りにいる人々の仕草やセリフのすみずみまで漏らさないよう注意しながら観察していたので、何倍にも感じたのだろう。
 
 
とにかく前田敦子の映画。AKB時代から面白い女の子だなと、奇妙な生き物を眺めるみたいに観察していたのだけど、AKBのドキュメンタリー映画はしっかり観たものの(そして号泣したものの)ちゃんと演技してるの観たことなかった。あの新橋文化劇場にたった1人で「ゴッドファーザー」観に行く映画好きの20歳そこらの女の子のこと、私が好きにならない理由がない。監督と脚本家が前田敦子にあてがきしたらしいタマ子役は、素の前田敦子そのものというより、彼女のこと面白がって周りにいる人々が、こんな前田敦子の姿も観てみたいな、と作り上げた人物に思えた。
 
 
キラキラのアイドルだった人なのに、地方都市の若い女の子らしいというべきか、イオンやしまむらで売ってそうなぴらぴらの洋服を着て、もしくは高校時代のジャージの上下を着て、ほとんどメイクもせず、美容院(と呼ぶほどのものでもなく、おばちゃんが何十年もやってるようなところ)で不本意な髪型にされても何の文句も言えず、とにかく不機嫌で不細工。最後、ベンチでアイス食べてるあのシーン、あんなアイスの雑な食べ方ってある?美味しそうでもなさそうに雑にアイス食べる顔が、口を開くたびに不格好に歪む。それでもタマ子がアイス食べ終わる頃には、ぐにゃぐにゃの無脊椎動物がちょっと進化した程度の女の子のことも、キラキラのアイドルだったはずなのに画面に可愛く映ろうとまったく思ってなさそうな前田敦子のことも、1時間前よりすっかり好きになってしまっていた。
 
 
タマ子ほどぐにゃぐにゃじゃなくても、誰にでもきっとグズグズした何もうまくいかない時期はあるし、長く続かなくても、家に籠もってひたすら誰かがつくってくれた食事を不機嫌に貪りたい1日もある。12月の疲れて煮詰まった日々を経て、ここ数週間はエアポケットみたいな、華やかだけど自分じゃないみたいな時間が流れてたけど、頬を叩いて日常に戻るべき休暇の終わりに、年明けの最初に、ぐにゃっと立ち上がるタマ子と過ごした1時間は至福だった。あ、タマ子以外にも父親役の俳優さん、あと中学生男子、最高。タマ子が佳き人たちに囲まれてるのは、きっとタマ子によるものなんだろうな。