CINEMA STUDIO28

2015-04-30

あおいでね

 
 
久しく東京を出てなかったので、長めに休みをとって京都でぼんやり中。食べたり映画観たり。昨夜はレイトショーで「恐怖分子」の2度目を、いつぶりかわからないほど久しぶりの京都みなみ会館で。階段上がったところに貼ってあった、このコピー写真、左に「あおいでね」と貼ってあって笑える。懐かしい映画館が、あいかわらず映画愛しか感じない空間だった。映画を観る場所に恵まれてたんだなぁ、私。

 

2015-04-29

memorandom / Little shop of memorandom



お知らせです。

「東京・消失・映画館」を連載中のwebマガジン「memorandom」の期間限定ショップ " Little shop of memorandom"が、5/4よりSPBS(Shibuya Publishing Book Sellers)に出現します。


連載中/これから連載予定の執筆陣をより身近に感じていただくための期間限定ショップ、私は選書で参加させていただきます。映画・映画館とその周辺をテーマに本を選び、コメントも書きました。選書リスト・コメントは冊子になってお持ち帰りいただけるようなので、新緑の季節、お出かけの際、是非お立ち寄りください。


選んでみると、何かの重しにできそうな分厚い本か文庫本、という両極端で、本を読むのは眠る前にベッドで、もしくは移動中に電車で。のどちらかの自分の生活が反映されたセレクトに。このall or nothingっぷり、性格のちょっと極端なところが如実に反映されているようにも思えて、なかなか興味深い。どういう視点で選んだか、近づいたらまたお知らせいたします。


詳細はこちら

"Little shop of memorandom"
5月4日(月)〜17日(日)
SPBS(Shibuya Publishing Book Sellers)内ギャラリースペース
東京都渋谷区神山町17-3 テラス神山1F 
月〜土曜12:00〜24:00 日曜12:00〜22:00(イベントにより変更有)
http://www.shibuyabooks.net/blogs/information/201504250749004858.html

2015-04-28

1920s actresses

 
 
このところ1920年代の映画を観る機会が多いのだけど、何に驚くかって女優の美しさ。昨夜観たルビッチ「山の王者」はCamilla Hornという女優が主演で、輪郭も、顔のパーツすべても、手脚も肩も、ちんまりして壊れそう。人形のような…とは、こういう人のことを言うのだな。20年代の洋服は身体の線を強調するようなシルエットがほとんどなくて、露出も控えめなので、ますます肉感を奪っていく。陶器でできてる、と信じて疑わない。
 
 
 
 
別の日に久しぶりにリリアン・ギッシュが出ている映画も観たのだけど、改めてまじまじと観ると、神様の最高傑作と呼びたくなった。映画だから可憐で小さく見えるけど、実物は案外がっしりしていたりしたのだろうか。リリアン・ギッシュについては「八月の鯨」に至るまで一貫して可憐な印象だったけど、肉体の印象は近づいてみないとわからないものね。こんなに小さくて身長どれぐらいよ…?140cmぐらい…?って調べてみたら、164cmとのこと。私より大きいなんて意外。
 
 
そう考えると、20年代のファションは、身体を可憐に見せるヒントに溢れているのかも。まだまだルビッチで20年代を観る機会は続きそうだから、そのあたり重点的に観てみよう。

 

2015-04-27

3日連続

 
 
本日のルビッチ2本。29年のサイレント「山の王者」は、「東への道」や「ストロンボリ」なども思い浮かべるような自然の大迫力。そして「百萬弗貰ったら」は8人の監督が撮る8つのエピソードから成るオムニバスで、どの監督がどれ撮ってるのかはわからない。ルビッチの名前は筆頭にあったのだけど、ルビッチ担当のエピソードは一瞬で終わったものの、他の監督がどんな人たちか知らないけど、これルビッチに決まってるでしょ!って解った。
 
 
ルビッチの中では変化球?のように感じる2本立て、こういうのが観られるのは特集上映ならではだなぁ。嬉しい。そして3日続いたルビッチ通い、明日からしばし中休み予定。心を整えないとね…。

 

2015-04-26

利き酒的な

 
 
しっかり朝食を作って食べたり、投票に行くなどしてウォームアップした後、ルビッチ特集へ。ウォームアップが功を奏したのか昨日より集中して観られた。
 
 
ちゃんとした感想は後日書きたいのだけど(せっかくのルビッチ特集なのだもの!ちゃんと書かないと未来の私が現在の私を恨むね!)、他に書くものがあるので、ひとまずメモ。
 
今日の2本立ては、
 
「結婚哲学」1924年 サイレント
「君とひととき」1932年 トーキー
 
で、後で作られた「君とひととき」は「結婚哲学」のセルフリメイク。サイレント/トーキーの違い、キャストの違いなど、違いはたくさんあるけれど、筋書きは同じ。同じセリフもいくつかあった。時系列に「結婚哲学」→「君とひととき」の順に観ると、いかにリメイクしたかの過程が楽しめるし、逆に遡って観ると元ネタが楽しめる。利き酒みたいな2本立て!どちらの順でも観てみたいけど、今回は時系列で。
 
 
 
 
いかにもルビッチ映画!という筋書きの、上流階級の奥様が親友の夫にモーションをかけ(って、すごく古い日本語のような気がするけど適切な表現は何かしら…)、2組の夫婦と1人の男が入り乱れ…という艶笑喜劇。
 
 
興味深いのは、「君はひととき」のほうはルビッチが監督、ジョージ・キューカーが監督補佐という役割で、これはどういうこと?と書籍「ルビッチ・タッチ」を斜め読みしてみたならば、最初はジョージ・キューカーが監督していたのを、途中まで撮ったラッシュを観たルビッチが気に入らず、不満の手紙を書き、途中から監督が交代したのだとか。というエピソードは知れたのだけど、具体的にどの程度、ジョージ・キューカーが撮ったカットが残ってるのかまで書かれておらず、ちょっとモヤモヤが残ったので継続リサーチ案件にしようと思う。
 
 
観ているうちに、ルビッチの映画としか思えなくなって、ジョージ・キューカーのことが頭から消えたのだけど、途中、あれ?ルビッチのセリフっぽくないな?と思うセリフにぶつかり、ははーん、これはもしやジョージ・キューカーの仕業?と思ったり。2人の監督としてのキャリアや資質の差もあるだろうけど、ルビッチの映画を観ていると、現在よりずっとタブーも多かっただろう時代によくこれを撮ったなぁ・・と思うことも多く、ジョージ・キューカーはそういうのを避けて監督しようとしていたのでは…と深読み中。
 
 
考えたい案件だけ書き残して、とりあえずメモ。

 

2015-04-25

where is utopia?

 
 
ついに!シネマヴェーラの特集「ルビッチ・タッチ」始まった!前のめりで到着すると20分前ですでに整理番号57番。入場してみると前方がすでにぎっしり埋まってる。映画好きって何故、前方に座る傾向にあるのでしょう。かくいう私も例外ではなく、シネマヴェーラは前から2列目あたりが定位置。あなたもあなたも楽しみにしてましたか!私もです!と心で叫びながら着席。
 
 
この混雑は代表作「生きるべきか死ぬべきか」が、いきなり初日にどどんとかかり、しかも35㎜!という出し惜しみのなさに群がったのであって、この後は少し落ち着くのだろうか…。じっくり観たいから立ち見は避けたいな…。
 
 
41年「淑女超特急」と42年「生きるべきか死ぬべきか」の流れで観た。この2本は実際、間に他の作品はなく、前後して撮られているらしい。今日はとりあえず胸がいっぱいで、ルビッチの感想なんてじっくり時間かけて書きたいのだけど、明日にはもう、また2本観るのだよね。今日も、朝、起き抜けにフレンチのフルコース食べてます。みたいな気分で、観ながら事態を消化しきれてない自分がいたので、明日は観る時間から逆算して徐々に気分を整えておこうと思う。
 
 
ユートピアとはどこか?と考えるとき、私にとっては、朝から晩までルビッチが毎日かかってる映画館のある街。というのが答えのひとつだったのだけど、実際そこに足を踏み入れてみると、リミットを軽く超えた幸福度を上手に受け止める術を持ってない。
 
 
「ルビッチ・タッチ」の書籍について耳寄り情報を書いておくと、シネマヴェーラ受付でも発売されており、映画館割引?で、1割ほどディスカウントされている。高い本なので…これから買う方は、シネマヴェーラがおすすめです!

 

2015-04-24

Synchronicity?!

 
 
この間、更新された連載第2回を自分で改めて読んでいると→タランティーノ繋がりで→LAの映画館のことを考えていたら、
 
 
土曜、部屋に遊びにきたLAからのお客様から、まさにそのNEW BEVERLY CINEMAの月間上映スケジュールをいただいて大感激!未踏の映画館のスケジュール眺めながら、ふーん、これとこれの組み合わせで2本立てかぁ。とか、料金は8ドル、クレジットカードも使えるのね。とか、全部35㎜でかかるって豪華!など、わぁわぁと興奮する時間が好き。なんと密やかで地味な楽しみなの。
 
 
そしてその後一緒に古書ほうろうに行ったら、新着パンフレットの箱の一番上に、ちょうど連載で書いたばかりの「グラインドハウス」のパンフレットが!普段からパンフレットほぼ買わないし、封切りの時に見なかったので実物を初めて見た。もちろん迷わず購入。

 

 
 
シンクロニシティって、こういう時に使う言葉、きっと。

 

2015-04-23

90s booklet

 
週末、古書ほうろうでの収穫の続き。市川崑監督「黒い十人の女」パンフレットとは呼べない厚みの一冊。デザインが綺麗で大満足。97年のリバイバル当時ご存命、というより現役バリバリだった市川崑監督のインタビュー、ゴダールにかぶれ、助監督になりたくて奥様の和田夏十さんと夫婦でフランス語の勉強までしてたエピソード、知らなかった。岸恵子さんのインタビューはこの映画の撮影エピソードだけではなく、小津監督やコクトーとの思い出にも触れている。写真も多く、シナリオも採録されていて豪華。
 
 
市川崑を知らない世代への紹介、というスタンスだったのか、次に観るべき市川作品5本、を何人かが挙げており、「東京オリンピック」や「鍵」の人気が高い印象。振り返ってみるに、このリバイバルの時期、私は確かバタバタしてて見逃し「黒い十人の女」は何年も後に観たけど、その何年か前に市川雷蔵特集に足繁く通って観た中で何本かまとめて観たのが監督として意識して観た最初だったと思う。だからなのか好きなのは「ぼんち」が筆頭で、「炎上」「雪之丞変化」も好き。雷蔵シリーズと、「女性に関する十二章」や「あなたと私の合言葉、さようなら・今日は」など現代ものを、私なら選ぶかな、と思いながら読んだ。
 
 
 
改めて写真を見ると、岸恵子さんの立ち姿の美しさ!この時代の洋装は、和の景色にも馴染む日本らしさがあって好き。岸恵子さんの衣装、全部着てみたい。と、うら若き自分は当時、こんな佇まいの大人になるのだ、と思った気がするけど、大人になった今も、こんな大人になるのだ、と思っている。

 

 

2015-04-22

Une femme douce



あと少しで終わるだろうので2度目を観てきた。ブレッソン「やさしい女」、2度目を観終わってすぐまた3度目を観たくなっているけど、このあたりで打ち止めにすべきか。名画座にまわることがあるならば、また観るだろうな。台詞は少ないながら、音や視線を聴き逃すまい見逃がすまいと追っていると全身フル稼働で、短い映画ながら終わるとぐったりしている。


最初に観てわからなかったところは原作である程度補完したので、見えなかった細部が前よりはよく見えたけど、どれだけ観ても終わらないように思う。キリがない。2度観て、間に原作も読んだ今、この物語が「やさしい女」という名前を持つことを、考えている。


「白夜」しかり、ブレッソン映画の衣装はさりげないようでよく考えられているように思えて、どの衣装も何年もその人が着て洗って干してまた着てを繰り返したように見える。ドミニク・サンダが何度も着る白いカットレースのブラウスはあきらかにサイズが合っておらず、16歳に見えた、と振り返られる彼女がもっと幼い頃から着ていた1枚かもしれず、身体が大きくなっても新しい洋服が買えなかったのかもしれない境遇や、はちきれそうな釦から覗く肌の若さや、窮屈な洋服に押し込められた身体が結婚後の心境を表してるようにも思えて、ブラウス1枚とってもあれやこれやを妄想する。


物語が進むにつれて、つまり結婚生活が長引くにつれて顔色は青ざめていき、青ざめた肌と髪の境界は絵画を連想させ、目には自立の光がちらつきはじめ、あらゆる背反をはらんだ姿形が、物語が進むにつれて爛々と凄みを増していく。年端もいかない女が、素手で戦場に放たれたような物語なのだからしょうがない。殺すか殺されるか、もはや戦争映画の変種。


夫婦が観劇するハムレットの、わざわざその場面を取り出しましたという決闘と毒の場面は、わざわざその台詞を取り出しましたという意味ありげな台詞と、舞台を眺める妻、妻の背中を眺める夫のショットを往復し、その後の朝食のシーンの、妻から夫に渡されるコーヒーの毒々しいこと。


あの時のあの言葉、あの仕草が崩壊のトリガーだったか、と総てのシーンを振り返って検証してみたい欲に駆られるけれど、案外、スープの飲み方が気に入らなかったのかもね。猫舌の、ふーふー冷ましてから飲む、あの飲み方が。

2015-04-21

八月の鯨

 
 
アップリンクで映画を観た後、渋谷センター街にある老舗バー・八月の鯨へ。映画の名前のついたオリジナルカクテルで有名なお店。何年ぶりだろう…。メニューを開くと、東京物語など、ティファニーで朝食をなど、映画の名前がずらり。お熱いのがお好きはホットカクテル!
 
 
私は大好きかつメジャーなので絶対あるだろうと思って「インターステラー」を。赤とブルーのグラデーション、宇宙から見た地球(の夕焼け?)のイメージなのかな…。お友達は好みの映画を言ってみると、どうしても強めのカクテルになってしまい(アラビアのロレンス、ロンググッドバイ、ナッシュヴィル…だったかな)断念してヘアスプレーとアメリを頼んだらどちらもパフェみたいなカクテルで、デザート食べに来たみたい。
 
 
私の2杯目は「アナと雪の女王」。しばらく後、断末魔の叫びとともに(私の喉および胃に)消えていったオラフ…。頭部は噛み砕かれて跡形もなくなった上に、「頭、何でできてたんだろ。食べてみたけど最後まで何食べてるのかわからなかった」など(私に)言われる過酷な運命のオラフ…。
 
 
 
 
隣の席の3名様とテーブルが近く、何の映画のカクテルですか?と話しかけてみると、一緒に盛り上がってくださってとても楽しかった。スターウォーズ(のマニアックなエピソード)やティファニーで朝食を、などを飲んでいらした。
 
 
 
お会計すると小さな冊子をいただく。スタッフの皆さんによるオリジナルカクテルブックの最新号は2014年映画特集。カクテルの写真と成分、映画の感想が丁寧に書かれていて映画愛しか感じない。Boyhood(6才のボクが、大人になるまで)はラムをグレープフルーツ&レモンジュースで割ってスペアミントを添えた甘酸っぱくて爽やかな味…なんだろうな。次に行ったら飲んでみたい。あと、すっかり忘れていたけど絶対「ウルフオブウォールストリート」も頼もう。怖いものみたさで…。

 

2015-04-20

Hangman's house

 
 
金曜夜のこと。LAから出張で東京に来ているお友達と、POSTALCOで待ち合わせして(POSTALCOのお店はひとつしかないし、狭いので迷わないだろうという意味で待ち合わせスポット…)、アップリンクへ。
 
 
サイレント映画ピアニスト柳下美恵さんの伴奏つきのピアノdeシネマという月に一度のイベント。4月はジョン・フォード「血涙の志士」。血涙と書いてけつるいと読む。1928年のサイレント映画。
 
 
詳細はこちら(結末に触れています)
 
 
ジョン・フォードの映画、ずいぶん昔に観た以来で記憶の遠くにしかなかったのだけど、この映画については、物語そのものは、いくつかの強いシーンの印象に上書きされ、伝わりづらい奥にあった。観終わるとほとんど筋書きを覚えていないのだけど、競走馬の走るシーンや屋敷の火事のシーンの迫力はとても良かった。馬以外に犬の表情も良くて、人間より動物に愛情がある監督なのでは…と思いながら観ていた。柳下美恵さんのピアノは映画の間は静かに映画に寄り添っていて、観終わると、あれ、どんな音楽だったっけって思い出せないほどさりげなく、私にとっての心地よい映画音楽のあり方だな、といつも思う。
 
 
「ピアノdeシネマ」のイベントは毎月違う映画がかかるけれど、「エリンの食卓」という短い映画を必ずピアノ伴奏つきで同時上映することになっているらしい。樫原辰郎監督による現代日本のサイレント映画で5分の超短篇。こちらは柳下さんではなく、別の若手のピアニスト女性が登場し演奏された。一度、通しで上映した後、柳下さんとピアニスト女性の掛け合いがあり、映画はラブロマンスともホラーともとれる玉虫色の印象で、ピアニストも映像の印象を受けながら演奏するので弾いてる人が映画をどう捉えたかによって演奏が変わる。掛け合いの中で実はこういう映画なのよ…と種明かしをした後、そのような映画だと知った上で二度目の上映があり、二度目の伴奏は一度目とはまるで違う、心地よい不協和音が響く不穏な音楽で、ピアニストが一瞬で感覚を切り替え即興で演奏を変化させた鋭さと技術に感心した。2種類聴けて、とてもラッキー。
 
 
「エリンの食卓」はクリス・マルケル「ラ・ジュテ」のような写真のような静止画を繋いだ映像で、エリンという名前は詳しい人がいればすぐにわかる小説へのオマージュらしい。会場に詳しい方がいらして、その場で説明していらしたのだけど、失念してしまった。何でもパッと答える人のいる、東京の観客って…と、しみじみ。
 
 
 
 
行けるかどうか不明だけど、来月のデブ君シリーズも、6月のセシル・B・デミルも気になる!

2015-04-19

Roses and a book

 
 
わぁわぁ。好きなものばかり。と思いながら写真を撮った。結局、国書刊行会のオンラインショップで注文した「ルビッチ・タッチ」、今日受け取った。ついについに。
 
 
読んでも読んでも10年ぐらい読み終わらない文量…を期待したのだけど、案外それほどでもなくて、シネマヴェーラの特集と並行しながら読み終わりそう。
 
頭から読めばいいものを、途中から開いてしまってトリュフォーによる文章「ルビッチは映画の君主(プリンス)であった」をまず読む。トリュフォーによるこの言葉がいきなり良い。覚えておこう。
 
 
「ルビッチは、場末のうらさびれた裏部屋で泣くよりは、豪奢な屋敷で笑うほうがましだと、つねに固く信じていたからだ。」

 

2015-04-18

収穫

 
 
昨夜から、LAから出張で東京に来たお友達と東京のあちこちへ。昨夜は渋谷、今日は千駄木。自分が住んでる街が大好きなのだけど、平日は仕事、週末は起きるとあっという間に出かけてしまってほとんど地元にいないので、地元再発見の良い機会。
 
 
今の部屋に引っ越す前も千駄木に住んでいて(町内引越し)、読まなくなった本の買い取りに一度、来ていただいた「古書ほうろう」へ、久しぶりに。オリヴェイラの追悼コーナーがあって、パンフレットがいくつか。新入荷パンフレットの箱、欲しいものを選ぶと箱ごと抱えないといけない事態で、同じ人が売ったのであれば、その人と是非お知り合いになりたいラインナップだった…。
 
 
 
 
全部で3冊買った中から一冊。存在は知っていたけど、目にしたことはなかった「スクリーン・モードと女優たち」は、秦早穂子さんの本!1973年初版。映画の後のトークを伺った時も感じたとおり、文章が簡潔で読みやすい。モードと映画の切り口ではあまり登場しない、アニエス・ヴァルダ「幸福」に2ページ割かれていたりして、うち1ページはモードと関係ない、秦さんの映画感想なのも良くて、ヌーヴェルヴァーグと縁が深い人ならではの偏りがいい。大型本なので、寝る前ちびちび読書のラインナップに追加。

 

2015-04-17

Cinema memo




生命力じわじわ回復するここ数日、映画に関しては嬉しい知らせばかり。



5月、アンスティテュ・フランセでの思春期特集。映画のリストを上からつらつら読む。




まずジャン・ヴィゴ!
次にユスターシュ!滅多にかからないユスターシュきた!
何年か前の「ママと娼婦」みたいに、平日1回のみ、なんてスケジュールではありませんように。
これだけで、たとえ残りがいまいちでも良い特集確定だけど、残りも素晴らしい。
日本映画もあるのがいい。
台風クラブ、大雨の次の日、水のたまってる場所みかけたら、とりあえず言うよね。
「わぁ。きれい。金閣寺みたいー」って。 

   
相米監督といえば、シネマヴェーラ渋谷のロメールの次の特集が
「相米慎二を育てた男 プロデューサー伊地智啓の仕事」とのことで、
まだラインナップ観てないけど、もちろん相米監督も含まれるのだろう。


そして今年のカンヌのラインナップも、一部を残して発表された。
ヴァレリー・ドンゼッリの新作観たい。





ちょっと先の未来にあれこれ楽しみを置いていたので、これから全力でつかまえていかなければ。楽しみしかない!
 

2015-04-16

Woman with a gun





ドストエフスキー「やさしい女」、最後まで辿り着いた。ブレッソンが削ったり置き換えたりした部分がよく見えた。ひとつの物語を、言葉で語るとびっしりした量になるのが、映画で語るとあれだけ寡黙でも伝わるなんて、映画そのものの情報量の多さを思う。


しばらく前、日曜朝にテレビをつけると、最近小説を発表した又吉直樹さんと小説家2人が話している番組がかかっていて、小説家の1人は中村文則さんだった。


あなたの物語の登場人物は暗いのに、あなた本人は明るいですね。と、尋ねたら、中村さんが答えた「オレね、もう暗いことで人に迷惑かけるのやめようと思ったんだよ」 という言葉が、又吉さんに刺さって、座右の銘のようになっている、という話が聴こえてきたので、寝ぼけた頭が覚めた。


「やさしい女」は男の独白で語られる物語で、結婚前、男が妻に語らなかった自分の過去、大きな挫折が結婚後に明るみになる。原作と映画では、挫折の内容は大きく書き換えられているけれど核となる部分は同じで、この男が己の挫折からくるコンプレックスで人に迷惑かけるのはやめようと思うような、最低限の大人の嗜みのある男であれば結末は哀しいものではなかっただろうし、そもそも物語も生まれなかったのだろう。


映画の一場面、自然史博物館で骨を前にしながら、男が「幸せにするよ」と言い、女が「すべてが無理」と答えたあのセリフは、原作にはなかったように思う。それでも何故、女が結婚を決めたのかは映画ではほとんど語られなかったけれど、原作ではしっかり書かれていた。そして「すべてが無理」という女の直感こそ、正しかったのだろうな。直感に従う自由が女になかっただけで。








ドミニク・サンダが身体の後ろで銃を持つ場面の写真を見ながら、去年読んだサマセット・モームの復刻された文庫版の表紙を思い出した。女と銃が登場するだけで物語はずいぶん違うけれど、「やさしい女」「女ごころ」という名前の物語に、銃の鈍い重さがあまりに似合うこと。



原作の手触りが残っている間に、映画の2度目を観に行かなければ。

2015-04-15

Out of print trailer

 
タランティーノと映画館といえば、グラインドハウスを映画で再現だけではなくて、LAにあるNew Beverly Cinemaという古い映画館が閉館の危機にあったのを、タランティーノが私財を投じて買い取り、自らがコレクションする35㎜をかけているという話をしばらく前に知ってから、いつか行きたい場所の筆頭にある。タランティーノ、映画から受けた恩恵を、素直に映画に返してるところがいいなぁ。映画好きの鑑。
 
 
そしてこの映画館の歴史や魅力、35mmフィルムへのこだわりと保存の必要性などを関係者、映写技師、常連たちが語る、out of printというドキュメンタリー映画があることを最近知った。たぶんニッチすぎて日本では上映されないだろうけど、観てみたい映画の筆頭になった。トレーラーはこちら。
 

 

 

2015-04-14

memorandom / 東京・消失・映画館 第二回

 
 
消失した映画館と、そこで観た映画の記憶。memorandom連載、第2回が更新されました。
 
 
 
7年前の春のこと、記憶の底から掬うように書きながら、メトロに乗れば行ける街なのに、どうして外国みたいに遠いんだろ。って考え、映画館に入ってしばらく感じた薄ら怖さに理由がある気がした。ぴりっとした緊張と、やがて訪れる大波みたいな高揚。つまり、冒険の二大成分。
 
 
アーカイブはこちら
 
 
5月、都内某所でmemorandomのショップ?催事?文化祭のようなもの?があります。詳細は追ってお知らせいたします。

 

2015-04-13

The Lubitsch touch!!!!!

 
 
週末、映画館に出かけた時、シネマヴェーラ渋谷の特集「ルビッチ・タッチ!」のチラシをもらってきた。4月25日から!「生活の設計」の写真を使ったデザインが素敵!いくつかフィルム上映もあることが判明して、嬉しい限り。
 
 
 
「生きるべきか死ぬべきか」もフィルムで。以前、この映画について調べていたら、この場面でキャロル・ロンバードが着ている、裾にファーがあしらわれた優雅なドレス、あるポスターでは、朱赤のような色で描かれていたので驚いた。そんな色とは思わなくて。
 
 
 
モノクロなので色はわからないけど、勝手に脳内でシルバーグレーのような色だと想像していた。ポスターは事実に基づいて描かれたのか、描いた人の想像がこの色だったのか。そうか、考えたことなかったけど、モノクロの映画って、衣装は何色なんだろ?って勝手に塗り絵しながら観る楽しみがあるな!と視点が追加された気分。
 
 
いよいよ発売される本、取り寄せてもらうべく、近所の本屋にそろそろ行かなければ。

 

2015-04-12

From outer space

 
 
最後の回に間に合うように緩みそうになる緊張感をキリっと持続させあれこれひとまず終わらせ、早稲田松竹へ。道路に面したウィンドウ(っていうの?)が、映画愛しか感じない事態。宇宙SF2本立てを上映する喜びをアルミホイルで表現する学生街の名画座らしいチープなキュートさ!
 
 
そしてゼロ・グラヴィティは、そりゃ3Dで見せたい気持ちは山々だけど、うちにはその設備ないねん。ごめんな。という気持ちのあらわれか、ポスターのサンドラ・ブロックが浮遊してる3D仕立て。こんなに工夫してもらって、私が映画なら歓喜の涙を流す。
 
 
助さん格さん的に両脇にいるTARSとCASEも手作り!厚紙に貼って組み立ててある。
 
 
これ欲しい…って思っていたら、そう思う人が世界中に山ほどいるのか、こんなサイト発見。本当に不器用だけど、作ってみようかな…。
 
 
 
KIPP(氷山みたいな星にいる、半分壊れたロボット)、傷みが目立つデザインなのが泣ける。
 
早稲田松竹、金曜まで。

 

2015-04-11

NOW SHOWING, YOUR DREAMS・・

 
 
目についた紙に、ぱっと書いたメモが溜まっていくので、その癖はすぐに治らないにせよ、まとめておくために大判のMoleskineを買った。ソフトカバーのXLサイズ。ノートの大きさは案外、思考を規定すると思う。持ちたくない病により用が済んだら捨てられるメモしか使ってなかったけど、最近は大判気分になってきた。
 
 
復活したYEBISU GARDEN CINEMA、「ゴーストワールド」を観た半券をノートに留めていて気がついた。一番下あたりに、NOW SHOWING, YOUR DREAMS・・と書いてある。「ゴーストワールド」はこの言葉にふさわしい映画ではないけど、映画はたしかに夢を見ることでもある。
 
 
フリーペーパーは普段もらわないけど、今回のは復活した映画館特集だったのでもらってきた。岡本仁さんによる映画についての連載が始まっている。
 
 
1ヶ月ほど続いた繁忙が昨夜いったん落ち着き、この週末は日曜午後まで机に向かう時間。スイッチの切り替えは難しい。

 

2015-04-10

35mm

 
 
明日から1週間、早稲田松竹の番組は「ゼロ・グラヴィティ」「インターステラー」の2本立て!「インターステラー」を観た後、どうしても「ゼロ・グラヴィティ」のことを考えていたので、これは嬉しい。ずっと前から手帳に書いてたから、あとは観に行く時間を捻出するだけだな…(白目)。
 
 
時間を調べるために早稲田松竹のサイトをチェックしてびっくり。「インターステラー」、フィルム上映とは早稲田松竹やるなぁ!封切り時に丸の内ピカデリーで観たのだけど、日本で数館のみ、期間限定のフィルム上映の期限が迫ってることを知って慌てて観に行ったのだった。この間までフィルム上映しかなかったのに、あっという間にそれがイベントごとになるご時世。
 
 
 
 
クリストファー・ノーランについて詳しく調べたことがなかったのだけど、作風からしていちはやくデジタル活用した人かと思ったらまるで違って、フィルム撮影にこだわりがあり、他の著名な監督何人かと団結して業界団体だかメーカーだかにかけあい、フィルム生産中止を阻止したのだとか。「インターステラー」もアメリカ公開時は、フィルム上映の映画館が優先的に先行上映したというフィルム贔屓。気になるとあれこれ情報は目にとまるもので、クリストファー・ノーラン、メールアドレスも携帯電話も持ってなくて、アシスタントのもとに届いた重要メールだけ、プリントアウトして届けられるのだとか。それからジョブスのようにいつも洋服が同じとか、紅茶好きでいつもフラスコに熱々の紅茶を入れて持ち歩いてるだとか…なんなの…そのアナログさ、すごくいい。今どきスマホを持たずSNSもしない人、ほんの時々出会うけど、そういう人たちは、みんなが静かに液晶画面を覗き込んでる時間、何を考えてるんだろうな。って思っていたけど、宇宙のこととか、考えてるわけね…。
 
 
写真は「インターステラー」撮影中の風景。CGも極力使わないらしいので、TARSの動きはこんなふうにつける…。萌えるって感覚とは、こういうことなのだろうか。

 

2015-04-09

Une chambre en ville



行き帰りのメトロで「やさしい女」原作を読み、ページをめくるごとにイライラが増す今週。千代田線で、映画の中のドミニク・サンダのような獰猛な小動物が獲物獲得に動き出す3秒前みたいな鋭利な眼差しで文庫本を睨んでる女がいたらかなりの確率で私。


ドミニク・サンダを最近、別の映画で観た気がして思い返していたら、去年、アンスティテュ・フランセのジャック・ドゥミ特集で観た「都会のひと部屋」もドミニク・サンダ主演だった。


ドゥミ映画はあらゆる境目のギリギリのところで成立してる危うさがあって、すべてのバランスがたまたま綺麗にとれました。という奇跡の産物がシェルブールの雨傘、ロシュフォールの恋人たち、ローラなど知名度の高い映画たちで、その他はギリギリのところでバランスを崩したような珍品揃い。「都会のひと部屋」はバランスを崩した系列にあると思う。


ドミニク・サンダは、ミシェル・ピコリ演じる偏執的な夫(ミシェル・ピコリってドゥミ映画でちょっと残念な男を演じることばかりだな。ダムなんて苗字は嫌じゃ!と恋人に去られるムッシュー・ダムとか…)から命からがら逃れてきました。という若妻役。と、ここまで書いて「やさしい女」との共通項あるではないか、と気がついた。どちらの映画も夫が変わり者でドミニク・サンダが苦労する物語…。


しかし「都会のひと部屋」のドミニクは、もう16歳かそこらの少女ではなく、自我に目覚めた女だから、夫から逃げ出すの。裸に毛皮を羽織って…。


え?まさかの裸毛皮!これなんて、何のシーンだったか忘れたけど、写真だけ観るとただの露出狂みたいではないか。



ドゥミの変態性が炸裂したようなこの衣装にずいぶん意味を持たせたいのか、ドミニク、なかなか洋服を着ない。映画の総時間のかなりの割合を、裸毛皮で通すのだ。


あの特集では確か、フランスから来日した映画関係者の講義を聴いたのだけど、「都会のひと部屋」については、毛皮は抑圧された若妻の獣性のメタファー、という解説があって、ふぁっ。そんなことなのか?と不思議に思ったのは何故だろう。裸毛皮を脱ぐと、処理されていない腋の毛が映されるシーンがあって、そこでもふぁっ。と思ったのだけど、それも獣性のメタファーだと言うのだろうか。


「やさしい女」では自我に目覚めつつありながらも残念な選択肢しか選べなかった女が、裸毛皮の女に生まれ変わり男に復讐する!「都会のひと部屋」は「やさしい女」の続編なのである!という妄想でも繰り広げないと読み進められないほど「やさしい女」の原作は心に辛い。好奇心から手にとったはずなのにもはや苦行に近いけど、終わりが見えてきたからラストスパート頑張ろう…。

2015-04-08

MM interview

 
 
マリリンを撮った写真の中で、ダグラス・カークランドの写真群(an evening with Marilyn / Douglas Kirkland)が一番好き。撮影中、マリリンにベッドに誘われたけど、妻を愛していたから、思いは写真にこめた。ってダグラス・カークランドのインタビューは何で読んだのだっけ。
 
 
マリリン・モンローについて語る人は多いけど、本人がちゃんと語ってるのはほとんど読んだことことがないな。目にしたとしても、神話のように語り継がれている前後の繋がりがわからないフレーズだけ。
 
 
だから「インタヴューズ」という本におさめられたインタビューは何度も読んでいる。特にこの部分が好き。
 
 
「戦時中工場で働いていたとき、土曜の夜になると映画を見に出かけた。そのときだけよ。心から楽しむことができて、本当にくつろぐことができて、笑い、自分自身に戻ることができたのは、ひどい映画にあたったときはそれはがっかりしたわ。まる一週間ずっと映画を楽しみにして、入場料を稼ぐために懸命に仕事をしているわけでしょ。なのに俳優がいいかげんにやっていたり、だらしなかったりする。そんなときは映画館をあとにしながら無性に腹がたったものよ。だって残り少ないお金であと一週間生活しなくちゃいけないんだもの。だから私はいつも、一生懸命働き、映画館に行って自分の稼いだ金で切符を買い、楽しいひとときを過ごそうと期待する人たちのために演じてきた。そういう人たちに見てもらうためにね。監督が何を考えていようがそんなことはあまり気にかけないの。」
 
 
マリリン・モンローには銀幕でしか出会えないのは、本人のこういうところに理由があるのかもしれない。これは、生前最後のインタビューという説がある。

 

2015-04-07

新訳出来

 
 
ブレッソン&ドストエフスキーの組み合わせ繋がりの「白夜」のリバイバル上映は、ポスターやパンフレットも素晴らしかったので、「やさしい女」も必ず買っておこうと息巻いていたものの、拍子抜けすることに、発売がなかった。それなら。と、最近出た講談社学芸文庫の「やさしい女・白夜」の組み合わせの一冊、ドミニク・サンダの写真の帯がついているのを何かで見たから、かわりに買おうかな、と思ったけど、映画館には売っておらず、紀伊国屋も閉まってる時間。次の日、有楽町の三省堂で探したけど在庫がなかった。
 
 
Amazonで頼むか、往来堂に取り寄せてもらうか、どちらしてもすぐに手にはとれないな…と、図書館検索してみると在庫があって、あっという間に取り寄せられた。Amazonより図書館のほうが早い、ということは、しょっちゅうある。帯つきのを所有したいので、そのうち書店で見かけたら買うだろうけど、2度目を観るまでに中身を読んでおきたい。
 
 
ブレッソンのリバイバルにあわせて編集したとしか思えない、この短篇2篇の組み合わせ、さわりだけ読んでみても、新訳でするする読める。「白夜」は原作に手を出してみたけど、古い訳だったせいか3ページで挫折した。訳文の文体のせいもあるけど、主人公があまりに感情的で饒舌すぎて、そういう人の話を聞くのが何より苦手で、すみません…無理…という気持ちで本を閉じた。あの饒舌な男の口をぴしゃっと閉じて、物語のエッセンスだけ抜き出して仕立て直したブレッソンの手業に唸った。「やさしい女」も、ブレッソンが何を削って何を残したのか確かめておきたくて、二度目までに原作を読み終わりたい。
 
 
 
 
去年、フランス映画祭でヴァンサン・マケーニュ主演の「2つの秋、3つの冬」という映画を観ていると、ヴァンサンの部屋に「白夜」のポスターが貼ってあった。電話をかけるヴァンサンの背後にあった。
 
 
 
 
それはフランス版のこのデザインで、私の部屋にはリバイバル時のチラシを貼っているから、部屋に「白夜」を貼ってる同士のシンパシーを感じたのだけど、たしか電話をかけるヴァンサンのセリフは「白夜」を観ていたら、君のことを思い出して…と誘う内容だった記憶があって、映画は好きだけど原作恐怖症の私は、その誘い文句、ちょっと怖い…と怯えたのだった。
 
 
 
新訳、するすると読みやすいけど、読みやすいからといって、男の独白調の、その内容は映画同様、するする受け入れられるものではない。今回はどちらも最後まで読み通せますように…。

 

2015-04-06

MM book collection




本を読む人の写真が好きで、Webで見かけるとpinしておくのだけど、読書モンローの写真ばかりになってしまうのは、モンローを好きだからか、モンローが読書家だからか、そもそもモンローを撮った写真が膨大にあるせいか。



モンローの本棚にあった本のリストについての記事を読んで興奮してる。やっぱり読書家だったのね…。


http://www.booktryst.com/2010/10/marilyn-monroe-avid-reader-writer-book.html



面白いのはリスト6番、マリリン・モンローっていうタイトルの…評伝なのかな?を本人が読んでたのね。書かれてることの大半は嘘よ!など、思っていたのだろうか。


最近、生前最後のインタビューをある本で読み、それはとても素敵なインタビューで、1人の映画好きとして感激する発言もあった。そしてモンローがLAに住んでいた頃、自分が出る映画の文化や歴史的背景についてもっと知りたくて、UCLAの夜学に通っていたという事実を知った。撮影が終わるとすぐ消えるから、パーティーで遊んでるとみんな思ってただろうけど、学校に行っていたのよ。と語っていたように思う。


いま、所用のため本を選んでるのだけど、自分の嗜好を説明できるような本って何だろうな、と考えると、案外難しい。モンローのブックリスト、良いタイミングだったので食いついて見てしまったけど、この中からあなたらしい本を10冊、と問われたらモンローは何を選んだのだろうな。

2015-04-05

配列が違うだけ

 
 
持ち歩きに向かない大型本を寝る前に開いて読むのが好き。ここのところは、借りてきた「骨から見る生物の進化」という本を眺めてる。最近は文章まで読み込む気力に欠けるので写真を眺めるだけなのだけど、こんな綺麗な骨の写真が、CGなどの加工なしに実写で撮られてるなんて驚嘆。
 
 
高い本なので普及版も出てるのだけど、普及版より大判のほうがやはり写真に見応えがあるらしく、いつか手に入れたいと思っている。文章もみっちり読み込むと、骨を見る目が変わりそう。
 
 
 
昨日観た「やさしい女」を反芻している。おお…と思ったのは、ドミニク・サンダ演じる若い妻が、骨に興味があるというシンパシー。自然史博物館の骨ゾーンを夫婦で歩くシーンも。
 
 
「動物はみんな同じ。配列が違うだけで」という台詞があったように記憶しているのだけど、妻の言いたいことはきっと夫には伝わっていないのだろうな、と思うシーンだった。二度目を観るときは、また注意して観なければ。
 
 
食器などガラスのものが好きで、建築などを考えてみても、例えばパリではグランパレなど、あの天井のガラスが好きなのだけど、その嗜好は、骨への興味に起因しているのだな…ということに、最近ようやく思い当たった。自分のことといえど、わからないことばかりで。
 
 
革のものが暑苦しく感じられるアジアの、東京の夏はもうすぐ。長い間使っていた籠の鞄が壊れたので、新しい何かを…と考えていて、思い当たったのがmameの塩化ビニールのバッグ。両手が自由なのが好きなのでクラッチではないタイプにする予定だけど、迷ってるのは色。たまたま人に話している時、迷ってるんだけど…どっちが骨っぽいかな。と、つらっと言葉が出てきて自分で笑ってしまった。
 
 
クリアは、中身を選びそう。でもレントゲン写真のような美しさ
 
ホワイトのほうはリアル骨っぽい。骨格標本の美しさ
ただし存在感はありすぎて、着るものを選ぶ
(こんなバッグを選ぶ時点で、着るものを選ぶって…!)
 
 
問題は、レントゲンも骨格標本も、どちらもそれぞれに美しくて好き、ということ。最終的には、実物を見て決める、という結論に落ち着いた。そのうち、どちらかを買うであろう。

 

2015-04-04

Movie of the day

 
 
看板は近日上映になってるけど、本日から公開。新宿の街の喧騒にブレッソンという取り合わせの妙。楽しみにしてた「やさしい女」、素晴らしかったのだけど、その後聞いたトークで台無しな気分。話した人がどうこう、というより、ブレッソンの映画なぞ観た日には、頼むから静かにしてくれ。って気分になるのを忘れてた自分のせいだな…。ということで、2度目を観に行くことが自動的に決定。
 
 
 
 
 
今日は朝から行ったり来たり予定だったので、まず駅で1日乗車券を購入。このご時世に珍しいことに、最近710円→600円に値下がりした!フル活用しよう。ありがとう東京メトロ!

 

2015-04-03

Tchau, Manoel de Oliveira

 

 

中国にいた時、あきらかに日本とは違う山の形など眺めて、あの山の頂上には300歳ぐらいの仙人が暮らしてる。って言われたら、きっと信じるね、私。と思っていて、今でも本当にいるんじゃないかと心のどこかで思ってるのだけど、マノエル・ド・オリヴェイラが106歳で亡くなったと聞いて、人間って必ずいつか死ぬって本当なんだなぁと変な感慨が生まれた。神様が特別な薬をふりかけたから死なない人なのだと思っていたし、むしろ老人の姿をした妖精か何かでは?と疑ってもいた。訃報に、とても寂しい気持ちでいる。

 

 

どの映画をいつ観たのか定かではないけど、全部映画館で観て、フィルモグラフィは制覇していないのでこれから出会うオリヴェイラ映画もまだまだある。なにしろ106年の堂々たる人生なのだから。

 

 

 

「アブラハム渓谷」は 確かユーロスペースで観て、到着してみるとロビーが人でごった返しており、座れるのかしらとハラハラしているとギリギリ、普段は座らないような隅っこの席に座れて、長い映画なのに立ち見もぎっしりの盛況だった。不実な女の一生を映した物語が最後まで到達した時、場内に満ちた陶酔の空気は今でも忘れられない。

 

 

「家路」だったか「家宝」だったか記憶が曖昧だけど、ポルトガル流ファムファタール物語も良かったな。「ブロンド少女は過激に美しく」といい、フランスやイタリアのファムファタールと印象が違って、骨も眉もヒールもがっしりと太さがあった。

 

 

ポカーンと呆気にとられるようなことが起きた時、心の中で、オリヴェイラの「永遠の語らい」の最後のマルコヴィッチの表情的ポカーンだわ!と形容して自分を落ち着かせているここ数年、この細かすぎる比喩が誰にでも伝わるようにもっとあの映画が観られるべきだと思ってる。

 

 
 
遺作ではないはずだけど、未公開だった「アンジェリカ」は夏公開予定。追悼特集も断固要求。今日もどこか遠くの街でオリヴェイラが映画を撮っているのかもしれない。と、ふと想像していたし、その年齢に達すると世界はそう見えるのですね。生き延びてみるものですね。と、老いることにおいて、憧れの人でもあった。
 

 

お気に入りのキュートなダンス映像、メモしておく。なんとオリヴェイラらしい映像なのだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=NDFDpXITOoA

 

去年観た「家族の灯り」の感想はこちら。こんな映画をつくる人が、もういないなんて。

http://cinemastudio28.blogspot.jp/2014/03/gebo-et-l.html

 

 

ポルトガルでは2日間、喪に服して半旗掲揚。出身のポルトでは3日間。 テレビはすべてオリヴェイラ追悼特集とのこと。