CINEMA STUDIO28

2016-05-11

京都の鷗外

 
 
京都、アスタルテ書房の扉の前で。初めて開けた時の緊張をいつまでも忘れない、ということか、いい大人になっても階段を上がってこの前に立つと、やっぱり気軽には開けられなくて、ふっと深呼吸していた。
 
 
店主が去年亡くなり、閉店セールが長引いているようで、また行くことができた。ずいぶん売れてしまったのか、店内は少しガランとしており、かつての、あの密度こそがアスタルテ書房だったのだな、と思う。緊張しながら扉を開けて靴を脱いで上がり、みっしりとした棚の前に立ち、秘密とは掻き分けた先に見つけるものだった。
 
 
金子國義、澁澤龍彦、バタイユ…きっと最後だろうから、いかにもアスタルテ書房らしい1冊を記念に選ぶべきかと考えたけど、いつも自分に引き寄せて映画の本しか買わなかったことを思い出し、不自然なことはやめる。しかしめぼしい映画の本はもはやなかったので、大好きな鷗外「雁」が収録された60年代の1冊を購入。家族の方が店番をしていると伺ったように思うけど、お会計してくださった女性は奥様だったのかな。
 
 
 
 
手渡すと、おもむろに包み紙を取り出し、本のサイズにその場でカットして包んでくださった。何でもあっけなく捨ててしまう私だけど、この包み紙は捨てないだろう。
 
 
鷗外といえば年明け、坂の上の鷗外記念館であった「奈良、京都の鷗外」という展示。
 
 
この展示で初めて知ったことに、鷗外は仕事で奈良と縁があり、正倉院のお蔵の開け閉めに立ち会う公務にしばらく携わっていたとのこと。展示はその頃、奈良に滞在しながら休みの日にはお寺をまわったりしたことが綴られた日記や、東京にいる子供たちに宛てた絵葉書が展示されていた。
 
 
 
 
なんでもない観光地で売られている絵葉書の、写真の退色や字体、きちんと古びていていい。任期の最初の頃は子供たちも小さかったのか、大きめのカタカナやひらがなで書かれていたのが、後半は子供も成長したということか、漢字の分量が増えていた。面白いことに、鷗外の短期滞在にあたって奥さんが用意して奈良に送ったという布団一式が展示されていた。底冷えする極寒の奈良の夜…これぐらい分厚くないと耐えられないわ…という、ずっしり重そうな布団で、奈良の寒さまで慮った、なんてよくできた奥さんなのだろう、と奈良人として感心。そして奈良に向かう道中で京都に立ち寄り、菓子と本を買うのが楽しみ、と書かれていて、東京での住まいも近所だし、奈良に移動する途中、京都で買うものまで私と同じ…鷗外ときゃあきゃあとどこの菓子屋の何が美味い、買うべし。など、たわいない話をしたいものだわ、と思った。
 
 
そして映画版「雁」については、若尾文子版、高峰秀子版の存在を知りながら、未だ観る気にならない。観てしまうと、もう私のお玉さん像が上書きされてしまう気がして。貧しさゆえに囲われた女に自我が芽生えていく過程が描かれ、若尾文子、高峰秀子は自我が芽生えた後のお玉に照準を定めたキャスティングのように思う。こう、芽生える前のお玉に照準を定め、え、こんな儚げな女が…という意外性のあるキャスティングのほうがしっくりくるのよね。今のところ最も近いのは新珠三千代で、漱石「こころ」の先生の奥さん役があまりにハマリ役だったという成功例からの妄想キャスティング。