京都で行ったところ。Kyotographieなる写真のイベントらしきものを去年やっていたのは小耳に挟んでいたけど、しっかり調べてみたのは今回、帰り道、京都で数時間とれそうだと判明してから。京都市内のあちこち15会場で開催される23日間の写真の展覧会。5月11日まで。
京都が普段よりさらに美しい桜の季節にあわせて開催されるこのイベント、展示される写真と会場の組み合わせも京都ならではで面白い。時間が限られてるのであらかじめ観たいものを絞り、会場が点在しているので効率的にまわるべく京都駅前で自転車を借りてみる。まずは、龍谷大学の大宮キャンパスへ。
リリアン・バスマンの展覧、京都に巡回する前、銀座シャネルのネクサスホールで開催されていたのは知っており、会期中何度かシャネルの前も通過したけども、なんせ疲弊しておりキラキラのシャネルに入店する気力がなかったよ……ヨレヨレ…。今回、またとない会場で捕まえることができ、縁があって良かった。
50〜60年代、主にハーパーズバザーで活躍した、ファッション写真で有名な女性写真家。とりわけその時代のファッションが好きな私には眼福なれど、ソフトフォーカスの写真群はモード誌に載せるには洋服のディティールが伝わりにくすぎる。実際、編集長カーメル・スノウとリリアン・バスマンの作風は折り合いが悪かったらしい。そしてこのロマンティックな写真世界は、独自の暗室技術に支えられていたとのこと。
雑誌を開きこのような写真を見て、あらいいスカートね、欲しいわ。といった即物的な欲望は確かに生まれないかもしれないけれど、洋服の放つムードはクリアに写った写真よりずっと伝わるのではないか。デザイナーの描くデザイン画みたい。デザイン画がパタンナーによって仕立てられ出来上がった洋服の精巧なディティールに寄るのではなく、デザイナーが洋服を通じて表現したい女性像やムードを捉える写真。
リリアン・バスマンの写真は、同じ肉体を持たない男性が異性の肉体への興味と礼賛として撮るフェティッシュな写真でもなく、同じ機能やフォルムの肉体を持つ女性が撮るそうそう女ってこうよね、と声高に生理の血の匂いを主張するような写真でもない独特な視点から撮られているように思えた。モデルの肉体を完璧なフォルムの土台として、その上にのる極上の素材と職人の手作業で叶えられた洋服のライン。ランジェリーが柔らかな脂肪を支え整えできあがる繊細なシルエット。デザイナーの世界観があってモデルが選ばれ写真家が正確にそれを伝える、ではなく、リリアン・バスマンの観たい世界を実現できるデザイナーとモデルが選ばれるという順番で撮られているように思えて、ずいぶんエゴイスティックなファッション写真だな、と面白く眺められたし、やがてファッション写真から離れていった経緯もなんとなく理解できた。
龍谷大学大宮学舎本館は重要文化財にも指定されている重厚な建物。もっとも京都はあちこちにこういう建物があるので、おおお!という感慨も他の都市にいるより薄れがちだけど、リリアン・バスマンの写真との相性は最高だった。