CINEMA STUDIO28

2013-12-07

Regard neuf sur Olympia 52



メゾンエルメスの上階にある映画上映スペースは、滅多にスクリーンで観ることができないレアなフランス等の映画を観ることができる貴重な場所。今年のエルメスの年間テーマ Chic, le sport!(スポーツは素敵!)に因み、通年でスポーツ映画特集が組まれている。これまでフランス映画ばかりかかっていたこの場所で、初の日本映画(「ピンポン」)がかかったことが静かに話題になっていたし、月替わりのプログラムはどれも魅力的。


度肝を抜かれたのは夏に「泳ぐひと」がかかったこと。アメリカン・ニューシネマの怪作。DVD化され、レンタルもされてるけど、ほとんどスクリーンにかかわらない。バート・ランカスター演じる落ちぶれた、かつて富裕層に属していた男が、友人の家のプールを泳ぎ繋ぎながら家に帰る、という奇妙な計画を実行する物語。映画そのものもものすごくシュールだけど、あの映画が銀座の一等地に建つ煌めくメゾンエルメスの、「スポーツは素敵!」特集でかかるという事実が映画以上に不条理すぎて、誰や!この番組作ったやつ誰や!と叫びたくなった。プログラム監修はアレキサンドル・ティケニスという人。要チェック。私が名画座の支配人なら「泳ぐひと」は是非、主演俳優繋がりでヴィスコンティ「山猫」と2本立てで番組を組みたい。イタリアで没落した貴族が→アメリカに新天地を求め→一度は成功するが→また落ちぶれて怪しい行動に出る、という流れがバート・ランカスターの名演で楽しめる!


11月の1本はジュリアン・ファロー監督によるドキュメンタリー「オリンピア52についての新しい視点」。ヘルシンキオリンピックが開催された1952年、クリス・マルケルによって作られたオリンピック記録映画「オリンピア52」は、作家本人により意図的にフィルムの墓場に葬り去られている。ジュリアン・ファロー監督はフランス国内に数本存在するフィルムを集め、「オリンピア52」という映画と、映画が作られた当時の製作環境、クリス・マルケルの視点、さらには「過去の作家が葬り去った映画を、別の監督が検証する」こと自体を検証していく面白い作りの映画。「ふたりのヌーヴェルヴァーグ」を観た時も思ったのだけど、フランスのこういうドキュメンタリーって監督本人の妙な色気が出てしまってるというか、この映画でいうと、黒い服を着た美しい女にフィルムの墓場に侵入させ「オリンピア52」を蘇らせる監督の目の化身のような動きをさせる場面がちょいちょい挿入されるのだけど、それがちょっと鼻白む感ある・・。


しかし断片的に観ることができるクリス・マルケルの「オリンピア52」は検証に値する作品。クリス・マルケルの長編デビュー作だし、作家が封印してしまっているので現時点ではこのドキュメンタリーを通じてしか内容を伺い知ることができない。クリス・マルケルは報道の立場からオリンピックを観たわけではなく、撮影場所もスタジアムの一般スタンド席。公認放送クルー用の設備は一切使わせてもらえないというハンディキャップを逆手に取った自由な記録。感動や汗や愛国主義からは距離を置いた視点から、競技前の選手の様子やスタンドの熱狂を記録している。また、かつてのメダリストのその後を追い、フランス国民を熱狂させたメダリストがその後も厚遇され続けるわけではなく貧しく落ちぶれている様子も記録しており、このドキュメンタリーではこの部分についてフランス政府から入った検閲(「貧しい」という言葉を削除するように検閲が入ったんだっけな)についても触れている。


特に面白いと思ったのが、スタジアムに座ってる客の中に、アラン・レネの姿が映っているのだが、実際にはアラン・レネはオリンピックを観ておらず、この部分はクリス・マルケルによるフィクションらしい。「オリンピア52」は記録映像ふうのフィクション映画なのか。考えてみればクリス・マルケルは実体の掴めない不思議な作家で、監督名も本名ではなく・・・マルケルは「何でもメモして記録するやつ」という彼の行動からついたmarker(マーカー)というニックネームからとられているし、クリス・マルケルという名前以外にも複数の名前を使い分け、表舞台に出ることを好まず、写真を求められると飼い猫の写真を出していたらしい(ちょっと萌える・・)。私が初めて観たのは「ラ・ジュテ」で、そのせいでオルリー空港に行くとどうしてもあの映画に思いを馳せないわけにはいかないパブロフの犬的反射反応をしてしまうのだけど、パリで観たクリス・マルケルは映画ではなくナム・ジュン・パイクばりのメディアアートで、しかしその展示室に居るときの私の気分は「ラ・ジュテ」を見終わった時の気分に酷似しており、表現手段は変わってもクリス・マルケルはクリス・マルケルだなぁ・・と思ったりした。その後も「サン・ソレイユ」等々観てはいるものの、全貌をまるで掴めない透明な存在である。


クリス・マルケルは2012年に亡くなったけど、この映画は亡くなる前のクリス・マルケルをつかまえてメールでコンタクトをとることに成功しており監督とのメールのやりとりも「オリンピア52」の映像同様貴重なもの。画面に広がるクリス・マルケルのメール文章は、ボーカロイドのような加工された音声で読み上げられ、彼の映画のナレーションそのもののような禅問答みたいな文章をさらに謎めいたものにしている。


ドキュメンタリーを見終わってきっと誰もが思うこと・・「オリンピア52」をフルで観たい!きっとこのドキュメンタリーの数十倍面白い映画のはず。クリス・マルケルって知名度のわりに東京で特集上映めったにされない人だと思うのだけど、是非映画作品以外の活動も体系的に網羅した特集を組んでもらって再発見したい。


この特集上映、是非東京でお願いします!
http://www.yidff.jp/2013/program/13p3.html


この映画は今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映され、そちらのバージョンは字幕を嫌ったクリス・マルケルの意向を汲んで日本語による同時通訳がついたらしく、同時通訳をパリでお会いしたともこさんが担当されたとのこと。東京で観たい!と思っていたら案外早く叶ってしまった。私がメゾンエルメスで観たバージョンは松岡葉子さんによる字幕がついていた。