イメージフォーラムで。ジャック・タチ「トラフィック」71年の長篇。タチの長篇をまとめて観たのはもう20年近く前、「プレイタイム」が強烈って記憶しか残ってなくて、久しぶりの「トラフィック」こんなに面白い映画だったのか!って染みたのは、満席で熱気ある会場だったからか、デジタルリマスターだったからか。
パリの自動車会社がアムステルダムで開催されるモーターショーに新作を出品するために移動し始めるけど、あらゆる災難に見舞われて一向に到着しない物語。ムッシュー・ユロは自動車のデザイナー。出品されるのがキャンピングカーとは最初に明かされるけど、どんな仕掛けがあるか分かるのは中盤。車とテントが一体になっていて、ガスコンロやらシャワーやらシェーバーやら…生活の道具が車のあちこちに仕込んであってキャンプ先でも文明的な生活は保てますね!という仕様。撮影されたのは60年代の終わり?70年代の初め?画面いっぱい終始クラシックカーが溢れ、車好きな人にはたまらないんじゃないだろうか。併映の「陽気な日曜日」の流れで「トラフィック」を観ると、数十年の間に人間の欲望に沿うように自動車も我儘に進化していったのがよくわかる。
途中、何度も車が故障したり、修理したり、事故があったり、衝撃で外れた部品が道路を転がるのをホテホテ追う人間が映ったり、最先端な道具を使いこなしてるはずの人間が、人間のコントロールを些細なきっかけで外れてしまった道具を直す段には牧歌的で子供みたいな動きを見せるのが面白い。
ムッシュー・ユロと一緒に移動するプレス担当美女はフランス語が堪能ではなくしょっちゅう英語が混じる。「プレイタイム」でもパリに観光に来た若いアメリカ人女性が登場したけど、彼女たちがムッシュー・ユロの世界に紛れこんだ時のlost in translation感が、タチ映画の現実からちょっと浮いたところで展開する世界にしっくり似合ってるなぁと初めて思った。
この映画のラストの雨は、タチ映画で唯一の雨のシーンらしい。そのため、ムッシュー・ユロがいつも持ってる蝙蝠傘が開くレアな場面が見られる。自動車会社を解雇されたムッシュー・ユロが、偉い人から手切れ金もらって電車で帰るべく駅の階段を降りはじめるけど、ささやかすぎるアクシデントで降りられず、芋を洗うごとく駐車場にびっしり並ぶ車車車の景色に紛れてゆくラストは、良かろうと悪かろうと後戻りはもうできない文明化の流れのようで余韻が残る。
途中、この映画ほんとうに観たことあったっけ?って自分を疑うくらい何も覚えてなかったけど、カーステレオのボリューム上げて音楽が高鳴るラストは記憶の彼方に残ってて、確かに昔の私はこれを観たっけな。って思い出せた。昔も洒落た終わり方だなーって唸った記憶だけがあった。記憶って面白い。