CINEMA STUDIO28

2015-11-17

TIFF2015 / Born to be blue

 
 
東京国際映画祭の記録。3本目。コンペから「Bone to be blue」、イーサン・ホークがチェット・ベイカーを演じることで早くも話題になっている1本。コンペティションにこれが入ることの違和感は観終わった後も抜けなかったけど、コンペの贅沢なところは六本木ヒルズで一番大きく環境の良いスクリーン7がメイン会場であること、なので、公開されてもきっとあんなに大きなスクリーンでは観られないこの映画を、スクリーン7で観られて幸せだった。音響も最高。
 
 
チェット・ベイカーの人生を忠実に追うのではなく、きっと数年、ほんの一部を取り出して描いている。ドラッグがらみのトラブルで歯を折る負傷によりミュージシャン人生を中断せざるを得なくなったチェットは、同時に撮影していた半自伝映画の相手役、元妻を演じる女優と恋に落ちる。彼女はチェットの更生を献身的に支え、ドラッグもやめ、以前のようにとはいかなくても、以前より深みを増した演奏をできるようになり、やがて復活の夜がやってくる…
 
 
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イーサン・ホークの映画をつぶさに観ているわけでもないけど、リンクレイターを観るとだいたい出ている俳優でもあるのでそれなりに観ているとして、私が観た中ではベストアクトではなかろうか。最後、復活の夜の場面に、積み上げられた細かなディティールが集約されて流れ込み、ミュージシャンとして、愛を求める男として、何かしらの変わり目、分岐点になる数分を固唾をのんでじっと眺めるのみ。エンドロールが流れ始めるとほろ苦さと恍惚が同時に押し寄せてきて、それはチェット・ベイカーの音楽を聴いている時の気分に酷似していた。音楽に選ばれ、音楽に取り憑かれてしまった人間が選択できる道筋は少なく、険しいのだな。
 
 
 
Q&Aは左から監督、プロデューサー、音楽担当(ジャズミュージシャンでもある)。監督は過去にもチェット・ベイカーの死にまつわる映画を撮り、また学生時代に作った最初の映画もジャズの映画だったそう。イーサン・ホークのキャスティングは、トロントで別の映画の撮影をしていたイーサンに会うチャンスがあり、イーサン本人もルックスが似ていることからもチェットに前から興味があり、15年ほど前、リチャード・リンクレイターとチェット映画を作る企画が持ち上がり、それきりになっていたらしい。映画の準備としては幸運なほどたっぷりと準備時間があり、半年間みっちりトランペットの指づかいや歌のトレーニングをすることができた。そう、歌はイーサンが歌ってる!私はそれを知らなかったので、これは誰の声なのだろう?チェットの声に似てるけど違うような…と思っていたのだった。チェット・ベイカーの声は独特だし、映画はモノマネコンテストではないので完全に似せる必要もないけど、イーサン・ホークの声と、チェットのあの歌唱法が混じり合って、上手・下手ということはよくわからないけど、もう最高だったとしか言いようがなかった。
 
 
イーサンは脚本にも協力し、ジャズについても意欲的に学び、何よりも情熱的だったことが映画に現れている。現場ではエキストラひとりひとりと握手したり、ゲストと事前に打ち合わせするなど、製作側の意識も持っていた、とのこと。
 
 
そしてチェットが地元に帰り父親と話すシーンがあるのだけど、父親役は監督の過去のチェット映画で、チェットを演じた俳優なのだとか!2人の並ぶ佇まいが良かった。
 
 
監督はチェット・ベイカーを多面的な存在と捉えており、立体的に描こうとした。イーサンもナイスガイなので、演じる彼自身のそんな部分とダークなだけではないチェットが混じり合ったと思う。バイオグラフィーを読むとドラッグなどさんざん書かれているが、何より音楽好きでメランコリックなミュージシャンだと思う、とのこと。
 
 
音楽担当の方は、ニューヨークであったプレミアで、偶然隣に座ったのが80年代、チェットのマネージャーをしていた女性で、当時チェットのことが大嫌いだったけど、この映画を観て少しは彼のことが理解できた気がする、との感想だったらしい。そんな映画のような偶然ってあるのだな!そしてそんな身近だった人にそんな感想をもたらすこの映画よ。映画で使われる音楽の演奏も、チェットと共演した経験のあるミュージシャンが何人か参加しているのだとか。
 
 
それにしても難しい映画の多いコンペ会場には珍しいほど女性の観客が多く、質問も「イーサンのファンなのですが…」から始まるものが多かった。誰でも平等に年を重ねていくけど、イーサン・ホーク、今でも時々はっとするほど美しい角度もあり、そして時を重ねた人間独特のグロテスクさもあって、容貌ひとつとっても、俳優の年の重ね方として理想的ではなかろうか。これまでよりこれからのほうが様々な役柄を演じていける人なのだろうと思う。公開が決まったらしいこの映画について、私は周りに、イーサン・ホークがとにかく素晴らしいから、チェット・ベイカーに興味がなくても観てみて、と言うだろう。