CINEMA STUDIO28

2015-11-30

TIFF2015 / The girl's house




東京国際映画祭の記録。8本目、コンペから「ガールズ・ハウス」。イラン映画。イラン映画ってどれを観ても見事で、もうイラン映画ってだけで観るって決めてる人も多そうな。



若い女性2人が、街で買い物をしている。明日、親友の結婚式に出席するため。買い物を済ませて帰宅した彼女たちに、花嫁が突然、亡くなったという知らせが届く。花嫁の自宅に押しかけても、言葉を濁すだけで真実を教えてくれない。やきもきする2人は謎を解明するために動き始める。



作品解説はこちら




イラン映画といえば、室内など限定された場所で登場人物たちの心理が複雑に絡み合い、ストレートに心情を吐露する人々ではないので、観てるこちらの胃が次第にキリキリしはじめる、というのが常で、いくつかの謎めいた符号が示され、物語が提示され始めると、キタ!胃が痛くなるのキタ!と、頂に向かうジェットコースターに乗ってる気分・・・これから先どんな展開だろうと受け入れなければならないし、そもそも観るって決めたのは自分だし、それにしても胃が痛い。という気分に陥る。



この映画も狭い範囲で物語は転がり、花嫁が亡くなった理由は意外なところに落ちていた。意外なところ、というのは、現代日本の都会で暮らす自分にはきっと降りかからない、予想もしなかったポイントで、しかし異国の地では、それが理由で人が死ぬこともある、ということ。ファルハディの「彼女が消えた浜辺」を観た時も、物語の密度は楽しんだけど彼女が消えた理由に腑に落ちないポイントがあって、後から宗教や風習などを調べてみて、え!そんなことで!と驚いたのだった。



明日結婚する男女であっても、手に触れることも許されない。しかし描かれた大学は共学で、異性の友人も存在する。花嫁の美しい妹が、美しい異性と嬉しそうにウェディングドレスを眺めるラストのシークエンスは、花嫁が辿った悲劇と、妹も味わうかもしれない苦悩を示唆しており、イランの若い現代女性の内面のジレンマを描いた小さな秀作。観終わってみると、ガールズ・ハウスというタイトルが良い。イラン文化について映画祭のQ&Aを通じて学ぶ部分がいつも大きいので、この映画をQ&Aがある回に観られなかったことが残念。