CINEMA STUDIO28

2015-11-24

TIFF2015 / ニーゼ

 
 
東京国際映画祭の記録、7本目。コンペからブラジル映画「ニーゼ」。この映画については走り書きメモでも書いたし、グランプリ受賞上映の時も書いたし、すでに記録したいことは記録した気がするのだけど…。グランプリと主演女優賞を獲った1本。作品解説はこちら。
 
 
 
40年代ブラジルを舞台に、ロボトミーや電気ショックなど非道な治療法が横行していた精神医療の世界に、ユングの影響を受け、芸術療法を導入した実在の女性の物語。女優はブラジルでベテラン演技派として有名な人とのことで、主演女優賞にきっと選ばれるだろうな、という予想は当たった。監督はドキュメンタリーを何本も撮ってる人で、劇映画はこれが2本目とのこと。企画が始まってから10年以上かけて生み出されたというエピソードを聞いたからか、丁寧な映画だな、という印象が残っている。精神病の患者さんたちもスタッフや俳優として参加しているとのこと。ユングとの繋がりは映画に描かれている以上に強かったようで、そこに興味を持ったのだけど、これはユングではなくニーゼの物語だから、という理由で描写は最小限にとどめられている。
 
 
賞は審査員たちが決めるものとして、これが獲るとは意外…と思ったのは、新しさを感じなかったからなのだけど、映画祭は新しさを競う場所でもないものね。ただ私に、映画祭では新しさを感じる映画を観たい欲望があるだけで。今年の特徴なのかどうか、チェット・ベイカーの人生のひとコマ、フジタのパリ・日本時代、ケイロンの「スリー・オブ・アス」」も父親の半生の映画化だし、実話をベースにした映画が増えてきているのか(実話ものは強い、ということか、もしくはフィクションの力が弱ってるのか)、ただそのような映画が選ばれる傾向にあった、ということなのか。去年の東京国際映画祭のグランプリ「神様なんてくそくらえ」は、主演女優が自分の身に起きたことを脚本にし、自分自身が過去の自分を演じる、という映画で、ニューヨークのストリートに生きるジャンキーの物語なんて何ひとつ好きな要素はないけど、観終わってみると、観る機会があって良かったな、と思ったのは、SNSなど、自分の人生の一部を切り取って見せるというこれまで一部の人だけのものだった行為が広く浸透して、誰もが自分を「物語る」ことが普通になり、写真、文章、いろいろ手段はあるけど、自分にはこれができるかな、と思ったものを試してみる延長線上に、「神様なんてくそくらえ」のような映画が生まれるのかな、と考えてみるきっかけになったこと。書いてるうちに「ニーゼ」から遠く離れてしまった気がするけど、実話の映画化が多い(多く選ばれた)こととそう遠くもない気もする。
 
 
 
 
Q&Aは監督とプロデューサー。 言葉を選んでゆっくりしっかりと話す方だった。この映画で私が好きだったのは、精神病棟で描かれた絵画が病院の外へ出て、有名な美術評論家の口添えで美術館で展示される、オープニングの日で物語が閉じるのだけど、立役者として壇上に上げられたニーゼが、所在なさげな表情を浮かべること。彼女にとって芸術療法の試みは始まったばかりで、華やかな壇上は到達点ではない。どうして自分はここにいるのかしら…?という表情のように私には見えて、この女優さんがニーゼを演じてくれて、だから私がニーゼを忘れずにいられる。知ることができて良かったなぁ、と思った。