散歩圏内に東大があることの幸せは語り尽くせない。四季折々の植物、三四郎池、崩れ落ちそうなクラシカルな建物、早朝から深夜まで誰でも入れて、構内は車の通行もほとんどなく、のんびりできるベンチもたくさんあって。そして無料で入れる魅惑の東京大学総合研究博物館、2年ぶりにリニューアルオープン。「知の回廊」という展示、入ってすぐ目に飛び込んでくるコレクションボックス、様々な研究分野からピックアップされており、ディスプレイも美しい。研究室の雰囲気を再現するため、実際に研究設備を一部見せていたり、収集した研究対象を入れたボックスが重ねられていたり。
日時を定めて訪問したのは目的があり、週末午後に開催される記念連続講演会、その分野で世界を代表する研究者の方のお話を聴ける。タイトル読むだけで楽しいな。「そろそろペルーに遺跡を堀りに行きますが」など…!
私の目当ては遠藤秀紀教授による「生きている骨たち」。骨にフェティッシュな興味を抱いていることを「ツィゴイネルワイゼン」の原田芳雄に無意識に感情移入していることで自覚した私だけど、造形の美しさに心奪われていること以外、骨について何を調べたわけでもない。いきなり東大にお邪魔してお話を聴いて大丈夫だろうか…と、一瞬しおしおとしておったのだけど、まったくもって杞憂だった。
なにしろ「骨って、なんだ?」ということから、ご自身の言葉で説明してくださるのだもの。勉学として学ぶと骨の定義は…(図を見せていただいたが忘れた)…と説明した後、ご自身の研究内容について紹介してくださったのだけど、動物を解剖し、骨からその生態について調べることが日常、パンダに7本目の指があることの発見など、様々な研究成果をお持ちの遠藤教授のサイトはこちら。動物の生態は謎だらけで中を開いてみてようやく解ることばかり、開いてみても謎は残るばかりなのだな。遠藤教授はこの世の謎を少しでも解明し、誰にでも伝わる言葉で伝道する使命のため天から降り立った存在のような、生れながらの学者!という印象の方だった。
上野にある美術館・博物館群では科学博物館がとりわけ好きで、珍しく並んでまで観た「大哺乳類展」で出会ったパンダの剥製は、科学博物館で勤務されていた頃に遠藤教授が剥製化に携わったそう。解剖の過程の写真も見せていただいた。グロテスクな画像は苦手なほうだけど抵抗なく見られたのは骨が写っていたせいかしら…。
教えていただいたことを言語化するのは、専門外すぎる私には難しいことだけど、満席のホール、ここに集う人々はどんな方なのかしら…と、自分のことを棚に上げ考えていると、質疑応答で少しだけ謎は解明された。私大文学部の男子学生さんによる、専攻は文学だが骨に興味があり、どうしたら骨と接する仕事に就けるのか…という人生相談など。教授のお答えは①厳しい道かもしれないが自分のように研究者を志す②骨の美しさを表現するような、写真や彫刻など芸術の道に進む③方向性が違うかもしれないが葬儀屋など…とのことだった。骨格標本を作る仕事をしている方からの質問は、骨と肉を分離させた後、肉の保存が悩まくアドバイスが欲しいという内容で、腐らせないようにとにかく時間との戦いだから、塩の中に肉を埋められるほど大量の塩を準備するといい、という実務的な回答。はー!みなさん、様々な理由でここに集っていらっしゃるのですね。 とにかく教授の語り口がオープンで熱意に溢れており、私のような美しさに魅入られて…というシンプルな動機でもウェルカム!という雰囲気で終始楽しめた。
遠藤教授の講演会は会期中あと2回あり、また東大と文京区のコラボレーションで7月から開催される「骨を見る 骨に見られる」は写真と標本の展示で、まさに私のような造形美としての骨が好き、という人にぴったりの内容だそう。
理由もなく惹かれる対象こそ、大切に知らなければならない。そこに自分も気づかない嗜好が隠れているのだと思う。2016年、文京区の夏は骨の夏。