東京国際映画祭(TIFF)で観た映画メモ。2本目、インドネシアの中篇「舟の上、だれかの妻、だれかの夫」。CROSS CUT ASIAというシリーズ、国際交流基金と連動して、毎年1つの国をピックアップした上映企画…だと思う。TIFFでは毎年、タイ映画の新作を楽しみにしているのだけど、今年は好きな監督の新作もなかったし、こちらの特集から選んで観ることに。
エドウィン監督の2013年の映画。写真と、あらすじを読んで選んでみた。
http://2016.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=323
「人妻ハリマは家庭を持つ船乗りスカブと道ならぬ恋に落ち、消えてしまう。ある日、ふたりは村に戻ってくるが、まもなくハリマは幸せそうに死んだ」という100年前の伝承を調べにサワイを訪れたマリナは、この伝承を知る住人に誰一人として会うことができない。やがて彼女はスカブと名乗る旅人の青年と出会う…。
これを読み、反射的に池澤夏樹の短篇「連夜」(短篇集「きみのためのバラ」に収録)を思い出す。沖縄を舞台に、女医と本土からやってきた青年が偶然出会い文字通り連夜、情事に耽る。その日々は唐突に始まり、唐突に終わった後、女医は人生でそのような出来事に陥った意味をユタに問いかけるうち、やがて琉球王国時代の悲恋に辿り着く…という物語。思い返してみても、なんとなく似てる。
「舟の上、だれかの妻、だれかの夫」は、そんなテンポではこの悠久の物語を語りきれないのでは…とハラハラするほど、ゆったりしたリズムで進行する映画だった。そして1時間に満たない映画のうち、3割ほどは海の中を撮影するなど、ひたすら風景描写が占める。伝承を調べるうちに出会った男女はやがて伝承をなぞっていくのだけど、行く末は語られない。女性が伝承を検証すべく尋ね歩く海辺の集落は、伝承の舞台であるはずなのに、口裏を合わせたように誰もそれを語らない。不倫の物語を語ることはタブー視されているのだろうか…と考えたけれども、海面と海中と男女とそこに暮らす人々の営みを物語を追うでもなくぼんやりと眺めていると、このような場所で男女が出会って交わることなど、晴れが続くとやがて雨が降るような当たり前の自然の営みとして、取り立てて語るまでもない、というムードが遥か昔から現在に至るまで滔々と続いているのではないか…その流れは男女が家庭を持っていようと独身者だろうと、瑣末なこととして呑みこむのだろう、という気分になってくる。
映画と「連夜」は別の物語だけど、案外「連夜」は、こんな映像に仕立てるのが正解なのかもしれない、と思った。性愛とは、をふと考えるとき、答えに近いものが含まれる物語として「連夜」を好きなのだけど、この映画もその意味において、私にとっては好ましい1本になった。
上映後、監督と主演俳優が登壇。女優さんが素敵だったから来日して欲しかったな!
追記。こちらにQ&Aの記事。