CINEMA STUDIO28

2015-09-15

The end of summer

 
 
小津映画、英語でタイトル何て言うんだっけ…と、時々調べることがあって、〜spring、〜autumnが多く混乱し、それは日本語でも早春、晩春と混乱するから同じなのだけど、日曜に観た「小早川家の秋」は英語字幕付きのバージョンで、時々字幕もチラチラとチェックしながら観ていたのだけど、冒頭でタイトルがさらっと〜autumn、と訳されていて、ん?そんなタイトルなの…?って思ったのだけど、autumnの前が何だったか思い出せないし、調べると「The end of summer」という英題がヒットするので謎は深まるばかり。
 
 
 
 
「小早川家の秋」が The end of summerとは、なかなかふてぶてしい意訳ですね!と言いたいのだけど、確かにこれは夏の終わりの物語で、女性たちはノースリーブや半袖を着ている。家族が集まると西瓜を食べて。柄の長いスプーンで上品にすくって西瓜食べてた。
 
 
どう訳されるのか気になるのは、小津映画は英語字幕バージョンで上映されることも時々あり、それだけ日本人以外のファンも多いよ、ということなのかもしれないけど、初めて字幕つきで観たのがパリで、フランス語字幕付きだったからかもしれない。物珍しくてチラチラ字幕をチェックしていたのだけど、「東京物語」終盤、尾道の家で笠智衆が形見の時計を原節子に渡し、原節子が、私そんなにいい人間じゃないんです。という台詞の後、最後に「…すみません」と、顔を伏せるあの場面の字幕が「merci」だったことには、スクリーンに向かって抗議寸前の気分。あまりにもlost in translationすぎる!小津映画の原節子が原節子たりえるのは、そこで「merci」と言う女ではないからであるぞ!
 
 
「小早川家の秋」のタイトルの意訳については、秋が夏に置き換えられたこと以上に、「小早川家」が抜け落ちたことに戸惑う。ちょっと声に出して言いたいタイトルだものね、こはやがわけのあき。こばやかわじゃなく、こはやがわだって、私もようやく知ったのだけど。