小津安二郎記念・蓼科高原映画祭。無藝荘の説明書きには、子供を演出するための驚きの距離の縮め方が書かれていた…。溢れ出る男子っぽさ。
9月の終わり、高原はうっすら紅葉が始まっていた。
無藝荘、映画祭期間は無料公開されている。
それ以外も不定期で公開されているのだとか。
無藝荘から、往復1時間〜1時間半ほど、小津監督と野田高梧さんが日課のように歩いた散歩道は、整備され「小津の散歩道」と呼ばれている。歩きたかったのだけど、バスその他の時間が合わず、土地勘もないので1時間半で帰って来れなかったらどうしよう…と思い今回は断念。高原の滞在時間は1時間未満だったけど、心地よくて静かで気に入ったので、季節を変えてまた遊びに来たい。新宿からこのあたりまで直通のバスもあるようだし、温泉にも入りたいし。
大滝も観たい!無藝荘すぐ近くに、公衆浴場っぽい温泉もあった。交通の面さえクリアすれば、至れり尽くせりの場所。小津さんが気に入って選ぶはずだわ…。
そしてこんなバス停で本数の少ないバスを待つ。この錆びっぷり、もしかして小津時代からあるのではなかろうか…。バスにまた30分ほど揺られて下山。朝食を食べてなかったので(そして高原にも何もなかったので…)蕎麦屋でしっかり昼食を食べ、食後の散歩がてらちょっと離れた場所にあるお菓子屋まで歩き、和菓子や洋菓子を少しだけ購入。
メイン会場の茅野市民館へ戻る。昨日、新星劇場で珈琲や寒天菓子をいただいて、ボランティアの方々のおもてなしに感動したのだけど、メイン会場だけあってこちらはさらに豪華で、豚汁や田楽などもあった。食事の心配も要らないね…。そして司葉子さん含む映画祭のゲスト御一行も高原から下りてきたようで、テントの下で何かを頬張る司葉子さんを遠目に眺めながら、珈琲を飲む…。規模の小さな映画祭ならではの光景だわ…。
帰りの電車の時間もあって、2日目、唯一観た(聴いた?)のは、映画ではなく、中井貴恵さんによる「東京物語」の音語り。音語りとは、ピアノ伴奏つきで映画1本分の脚本を朗読するもので、とはいえ2時間分の脚本をずっと聴くのも読むのもしんどいものなので、1時間版に短縮したバージョン。短縮版は、小津映画のプロデューサーだった山内静夫さんが担当されたとのことで、開始前に中井さんと山内さんのトークが少しあった。
中井貴恵さんは、小津映画にも出演していた俳優・佐田啓二さんの娘さんで、佐田さんが小津監督に息子のように可愛がられていたため、貴恵さんも孫のように可愛がられ、幼い頃の記憶にある小津監督は、偉大な監督とはつゆ知らず、お酒好きの楽しい謎のおじさん、だったそう。
そもそも佐田啓二さんと奥様(松竹の撮影所近くの食堂で働いていた人…だっけな…)の仲人は、小津監督にお願いしたのだけど、監督は独身で、仲人は夫婦一組がつとめるものだから、もう一人、独身の木下恵介監督と男2人で仲人をつとめたのだとか。
世田谷にある佐田家に、小津監督はしょっちゅう遊びに来ていたそうで、小さい貴恵さんを膝に乗せ、お酒をちびちび飲みながら、時々、お酒を指ですくっては、ちょんちょんと貴恵さんの唇に含ませたものだから、佐田さんの奥さんがすっ飛んで来て、監督、小さい子にやめてください…!と騒いだそうだけど(冷静に考えたらなんちゅうことするねん…)、そのせいか他の家族みんなが下戸なのに唯一、貴恵さんだけがお酒大好きに育ったらしく、「小津好みという言葉がありますが、私の場合は、小津仕込み、だと思っています」と、おっしゃっていた。
そうして始まった「東京物語」音語り、映画を思い出しながら聴いていると、1時間に短縮されている分だけ当然、抜け落ちている描写や場面はあって、削られた、何でもない仕草や、例えば杉村春子の歩き方…のような台詞はないけれど目に映るものの積み重ねが、自分にとっての小津映画だったのだな、と思う。中井貴恵さんが老若男女のキャスト分の声色を使い分け1本の映画を語る、という難しいことをやってのけておられて、笠智衆や東山千栄子の尾道弁の声色は特に見事。逆に違和感を覚えたのは原節子の台詞で、原節子って外見の特徴以上に、私にとっては声や台詞回しの特徴のほうが強い印象のある人なのだな、と気づく。ちょっと甘くて台詞の前半に抑揚の山があって、語尾がふっと曖昧にぼやけるような消え方をする。あの話し方は原節子独特のものなのだなぁ、と音語りを聴いて初めて思った。
前半はそのように、ぶつぶつ考えながら聴いていたのだけど、後半、特に舞台が尾道に移って以降は余計な思考が消えるほど物語に引き込まれ、改めて脚本の見事さ…何でもない台詞を積み重ねてるだけのはずなのに、その見事さ…と、それを一人で立体化してみせる中井貴恵さんのチャレンジ、蓼科まで来て、ここで経験できて良かったなぁ…。
音語りのラインナップは「晩春」や「お早よう」などもあるらしく、他の映画も是非聴いてみたい。中井貴恵さんは、小津監督が選びそうな、落ち着いた小津好みの着物を着てらして、帯揚げが赤だったのは、小津監督の赤の美術に因んでのことかしら。
終わって外に出ると、帰りの電車まで30分もなくて、なかなか効率良い時間割を組んだものよ。茅野市民館の広場はボランティアの方や観客で盛り上がっていた。市民館は駅直結で通路部分が図書館スペースになっていたりする、遠方から来た私のような観客にも親切便利な場所だった。
駅に向かって通路を歩いていると、前をまた司葉子さん御一行が歩いておられて…私の映画祭の記憶の半分ほどに司葉子さんが存在していた…贅沢なことだわ…。あのバイカラーのパンプスはシャネルだろうか…。
曇天続きだったけど、いざ帰らん、というタイミングでこの青空。これぞ秋日和。茅野駅のお店で蕎麦、野沢菜、牛乳寒天の素(かんてんぱぱ製品)を買って、あずさに乗る。短い滞在だったけど、堪能したなぁ。毎年プログラムをチェックして、また映画祭に参加したいな。その時はかんてんぱぱ製品をもっと買って帰るんだ…(決意)。そう、すっかりここで寒天にハマった。ボランティアの皆様、素敵な映画祭と美味しい寒天菓子をありがとうございました…!
↑ 映画祭の写真が追加されてる…!