ヒューマントラストシネマ有楽町で。中国映画「薄氷の殺人」を観る。ベルリンで金熊賞と銀熊賞(主演男優賞)を獲ったとのこと。英語版のポスターがかっこよくて、この写真のように、車に積まれた石炭に、ビニールシートに包まれた死体が混じり、工場に運ばれ粉砕されるうちにバラバラ死体になっていく冒頭がかっこいい。
連続殺人を追ううち、疑惑の中心にクリーニング店の薄幸そうな若い女が浮かび上がる。まわりにいる男がどんどん殺されていくその女に、近づくうちに刑事も深みにはまっていき…というフィルム・ノワール。
中国の東北地方が舞台で、冬は厚い氷に包まれる。あ、これはちょっと集中して観られないかも。と思ったのは、私が暮らしていた90年代最後あたりの北京の風景は、最近の中国映画で映る地方都市によく似ていて、街や生活のディティールばかり観てしまうのだ。北京は首都なりに進化してるようだけど、地方都市の風景はあまり変わっていない。けれど物価は経済発展を反映して上昇しており、アイススケートの靴レンタル1時間15元、高い!と看板を観ては思い、革パンツのクリーニング代30元はそれほど高い気がしないけど、そもそもどういう工程で洗ってくれるかよね…と店の設備を確認し、ほとんど手をつけずに女が残して去っていった蒸しあがったばかりのほかほかの包子、お店の人に言って包んでもらうよね。など、そういうことばかりに目が停まってしまう。
途中から転がり始める物語は説明不足で、その代わり闇夜に浮かび上がるナイトクラブのネオンのショットなどが意味ありげに挿入されるのだけど、美しさやエキゾチシズムを感じる前に、名前を読んでしまって、ほー、白昼花火ナイトクラブかぁ。など、やはり物語から浮いたところを漂っているうち、不似合いなほどけたたましい主題歌が流れ映画が終わった。
美容院での銃撃戦の間合は北野映画、観覧車のシーンは第三の男、監督、映画好きで、いつか自分の映画であれをやってみよう。って、たくさん貯めていたのだね。などと思った。主演俳優は徐々にかっこよく見えてくるのが不思議で、何より謎の女を演じるグイ・ルンメイは「藍色夏恋」のあの美少女がこんな大人に!という感慨は傍に置いても、ここのところ観た映画の中でも、ファムファタールぶりは傑出していた。気をひくそぶりなど微塵も見せず、ひたすら受け身で、けれど拒絶もせず、物憂げで、言葉少なで…。氷に覆われた街に似合う儚げなファムファタールの人物造形は、好みだった。
上映時間を調べていたら、配給会社の煽り文句として「賛否両論巻き起こる、独創的な作品。映画短評、5人の目利きの方々はこぞって高評価」と力強く宣伝されており、今時そんな煽り方で、よし!じゃあ観に行こう!って思う人っているのかなぁ…とモヤモヤ。否定したら、映画の見方がわかってない!って言われてるみたい。そもそも目利きとは何ぞや。観た人の数だけ違う感想があるだけだと思うよ…。
と、いろいろ言いたくなるだけで、この映画はすでに成功しているのかもしれない。中国の景色にエキゾチシズムをまるで感じなかったのは私の事情で、そしてエキゾチシズムを感じるか否かは、対象との心の距離感か。距離が近づいても感じるってこと、あるのかなぁ。
ベルリンのコンペ、「グランドブタペストホテル」よりは面白かったけど、「Boyhood(6才の僕が大人にになるまで)」を抑え、この映画が評価されたというのも、審査員たちの中国との心の距離ゆえかもな…など、つらつら考えてみないと、新しい映画の発明!と思った「Boyhood」が素晴らしかったので、納得できない。
観終わった後、ほかほか湯気の包子は、食べたくなったけれど。