映画館初め、シネマヴェーラでの2本立て、2本目はエルンスト・ルビッチ監督、1939年の「ニノチカ」。グレタ・ガルボ主演。公開時の宣伝は「Garbo laughs!」。冷たい美貌に似合う役ばかり演じてきたガルボがついに笑った!ことを売りにしたらしく、サイレントで活躍していたガルボがトーキーに出たときの宣伝「Garbo talks!」にもちなんでいるとのこと。
ロシア革命で貴族から没収した宝石を、食糧難にあえぐ国民を助けるため売りさばくために、ロシアからパリに派遣された男3人組。しかし彼らは華やかな街と資本主義の虜になり、あっという間にパリに懐柔されてしまう。動きの鈍い彼らのお目付け役としてロシアから派遣されたグレタ・ガルボ演じるニノチカは、ガチガチの共産主義者。パリに来ても、待機時間は祖国の発展に役立てるための建築や地下水道の構造を研究にあて、国民が飢える時に美食などとんでもない、という氷の女。それがパリでブルジョワプレイボーイに出会い、次第に氷が解けていく・・。という物語。
ロシアからかぶってきた分厚く素朴な、帽子とは頭部を温めるための繊維製品である、以上。という風情の帽子が3つ、帽子掛けにかかっていたのが、或る日、3つのシルクハットに変わる。それは男3人組が資本主義に懐柔された合図。パリに到着したニノチカはキリッとベレー帽をかぶり、パリで流行しているらしいとんがりコーンみたいな帽子を見ると「あんな帽子を女にかぶせる文明は滅びる」 と吐き棄てる。
そんなニノチカも恋に落ちると・・・こっそり、とんがりコーン帽を購入。部屋に誰もいなくなったのを慎重に確認し、鏡の前でかぶり方を研究。
さっそくかぶってデートするニノチカ。グレタ・ガルボがかぶっても、とんがりコーン帽はとんがりコーン帽だけど、男は甘い言葉で盛大に褒める!
小道具はもちろん、きらめくセリフが随所にちりばめられている見事な脚本にはルビッチの弟子だったビリー・ワイルダーも参加。素敵なセリフを書きだしていくと、物語ほぼ全て!という結果になりそうで、とりわけ好きだったのは、
「僕のことをどう思う?」と瞳を覗き込み男に聞かれたニノチカが「見た目は嫌な感じがないわ。白目は綺麗だし、角膜も正常」と共産主義的?切り替えしを見せるところ。これに「君の角膜も素敵だ」とすかさず返すあたり、さすがプレイボーイ。
それからパリ、資本主義、恋により覚醒したニノチカが「これまで、冬になるとツバメがロシアから去り、資本主義国家のある南に向かうのが寂しかった。だけど今はその理由がわかる。私たちの国には高い理想があるけど、ここには暖かい気候があるのね」というセリフ。彼女の心が大きく動いたことを、短いセリフひとつで表現できるなんて。
ニノチカがついに笑う場面はありふれたパリのビストロなのに、文字どおり氷が解けて春がきた!花々は咲き乱れ小鳥はさえずる!と言いたくなるほどで、その場面が大きな転換点になり、それ以降はそれ以前に比べて単調な印象は受けるものの、前半のニノチカの氷の女っぷりだけでじゅうぶんに傑作。
まるで違う何かを信じる2人が親密な秘密の時間の中で、他者の思想・生活に興味を抱きはじめ、距離を縮めていくさまは、口にするのが難しい政治や宗教といったトピックについて、こんな粋な語り口もある。と教わった気分。ロシアは徹底して風刺されているから何か大きなものを解決したわけではないし、教わっても憧れても真似のできないルビッチ・タッチだけれど、その後知った懐かしいパリでの哀しいニュースに、もし現実のこの世界が、ルビッチ映画のようであったなら、と思わずにいられない。