写真はキネカ大森。日本初のシネコンとのこと。地理的な都合で、年に2度行くか行かないかだけど、写真を撮ってみると、格子状の光の線。綺麗な映画館なのだな。写真を撮って、あとからまじまじ見てみると、その場所にいるのに目に入っていないものの多いことよ。
昨日は雪が降ったようだけど、朝は雨だった。帰り道も地面が濡れているだけだった。ずっと籠って画面に向かう日々で、外にいる時間が短い。約束しようとしたら、3月、そこが合わなければ4月。という話になり、都心生活者よ、狭いエリアを往復しながら、何をそんなに慌ただしくしているのかね、私もみんなも。という気分になった。
手帳の来月のページを見ていると「恐怖分子」と書いた文字が目に入り、サイトでトレーラーを観た。そして再公開にあたり寄せられたコメントを読んだ。「サウダーヂ 」の富田克也監督の文章があった。私は行けなかったけど「恐怖分子」が最後に東京のスクリーンでかかった夜の話。
覚えていたいのでメモ。
「『牯嶺街少年殺人事件』を今一度スクリーンで観たいとずっと思ってきたけれど、今は、映画を作ることだけじゃなくて、観ることだって自分たちでやらなけりゃダメだ、と思い立って先輩諸氏に話を聞いてみたら、本当にたくさんの人たちが『牯嶺街少年殺人事件』をやりたいと思っているということを知った。これまで自分たちが名作の数々を観ることができたのは、そういう思いのおかげだったんだとよくわかった。だからやっぱり自分たちでやるしかないと、観せたいというより、まずは自分たちが観たいという一心で、その時点で可能だった『恐怖分子』を一夜だけ空族特集の中で上映した。劇場に枠を空けてもらい台湾の権利元と交渉し一回上映という条件で料金を払ってフィルムを借りた。
そのオールナイト上映の夜、会場は地べたが見えない程、人で埋めつくされた。人々の“観たい”という思いが集結しているのを目の当たりにした。
今はかつてとは違う。“誰か”はやってくれない。いや“誰かひとり”では難しい。だからまずは『恐怖分子』の再公開を喜び大騒ぎにすればいい。観たい映画を観るために、まずは映画を劇場に観に行けばいい。それが私たちに残された最後にして最良の道なのだ。」
疲れていたせいか、最後の一節を読むと、ふわっと泣いた。閉じ込められた気分に囚われているのは、きっと今週、映画館に行っていないから。明日は映画館に行こう。明日、私が観る映画を東京に連れてきてくださった人々に、ありがとうございます。