去年秋の写真。東京フィルメックス、オープニングは塚本晋也監督「野火」。市川崑監督版のほうは観ておらず、大岡昇平の原作のあらすじは一般常識程度に知っているので、塚本監督の個性も含め、刺激が強そうで見送ろうかと思ったので、映画好きな人が集まってわいわい、の雰囲気のある映画祭のオープニングが好きなので、セレモニー後にセットで上映されるこの映画についても、勢いでチケットをとった。
上映前の挨拶で監督は「暴力描写はポイントづかいだよ」と言っていたけど、そんなことはなく、監督自身がこだわって何時間も調整した緻密な音響の効果か、銃弾が何度も後頭部めがけて襲ってくる音がしたから、さっと頭を傾けて避け、耳の真横をかすめてスクリーンに散って、短い映画ながらずっと身体に変に力が入っていたので、疲労感でぐったり。
映画化の構想は20年来あたためていたもので、戦争体験者に取材を重ねるうち、体験者が徐々に少なくなっていき、同時に最近の不穏な世情に焦りを感じ、資金繰りもままならないうち、見切り発車で自主映画のように作られたとのこと。軍服ひとつとっても、古着で一組だけ購入したものを参考に、安い生地を使ってボランティアの方々がたくさん縫って準備したとか。
この映画がほぼデビュー作という若手俳優の森優作さんが素晴らしく、上映後に登場した純朴そうな本人とのギャップに驚愕し、誰でも身体の中に極限状態でのみ発動する種類の狂気を抱えている…という「野火」の物語と重なって強く記憶に残っている。こんな映画にこそ、順当に対価が払われますように。