若尾文子映画祭で観たものをコツコツ記録。「やっちゃ場の女」を観た後、しばしブランクがあって…(何をして忙しかったのかもはや記憶が薄い。原稿書くためのホン・サンス祭を開催していたような気もする)、2本目は「爛」。増村保造監督、新藤兼人脚本の鉄板コンビ、1962年の大映映画。
あらすじを引用。「売れっ子のホステス増子は、愛人が妻帯者と知りながらも半同棲の生活を続けていた。ようやく妻の座におさまり、幸せな家庭を手に入れたと思った矢先、姪の栄子が転がり込んできて…。妻の座を得ようとする女の闘いを描く衝撃の恋愛ドラマ。」
主役は若尾文子、男は田宮二郎、姪の栄子は水谷良重。若尾文子が自分の部屋でスリップ一枚でソファに寝転がる場面から始まり、やがて麻雀などしながら田宮二郎が来るのを待つ。ホステス仕事、ホステス仲間とのおしゃべり、麻雀、男との逢瀬。の繰り返しで日々が廻っている女。そこに田舎から姪が転がり込み話が展開していくのだけど、この転がり込んでくる女が「姪」という設定もいいし、水谷良重というキャスティングもいい。やがて愛人(若尾文子)に夫を奪われる妻といい、田宮二郎に絡む女が皆、三様にキャラクターが違い、田宮二郎、好みの幅が広いな!…というより近づいてくれば誰でもいいのか…?話を戻して、絡んでくる女が「姪」という設定が効いていて、田舎の退屈な狭い世界に耐えかねて都会に活路を求める、というのも若尾文子の辿った道をなぞるようでそこはかとなく血縁を感じさせ、やがて激昂して姪を家から追い出した若尾文子が、身ひとつで追い出された姪を追いかけて、コートや靴を放り投げるのも、身内ゆえの切れない情を感じさせて面白い。
田宮二郎は自動車のセールスマンだったと思うのだけど、サラリーマンぽさが希薄で羽振り良く、1962年当時、それは花形の職業だったのだろうな、と思う。風呂上がり腰にタオルを巻いただけの上半身裸でウロウロしながらビールを飲む田宮二郎、それを「男の身体だわ…」と、じっとり見つめる水谷良重…のショットなど、大映俳優陣の中でも、こんな映り方する俳優、やっぱり田宮二郎をキャスティングするしかない。田宮二郎がいたからこそ、この世に生まれた映画ってたくさんあるのだろうなぁ。
途中、3人が車で旅行に行き、それは略奪に成功した若尾文子がねだった新婚旅行のような道行なのだけど、田舎の田んぼの真ん中にある店で食事をとり、若尾文子が田園風景を見ながら「昔を思い出すわぁ〜」と余裕のある伸びやかな言葉を放つ間に、皿いっぱいの鰻が卓に運ばれ、ああ、それで3人前なのね、白ごはんと分けて運ばれてきたのね、みんなでつつくのかしら。と、のんびり眺めていると、それはただの1人前で、もうひと皿、そしてもうひと皿とやがて卓が鰻に溢れ、一人あたり丸々2尾分は摂取したのではないか。と、お勘定など気にするのは21世紀も10年と過ぎた鰻についてハラハラする話題しか耳にしない切ない現代の私であって、田宮二郎は鰻がいくら高騰しようと、その分稼げばいいんだろ?と豪気に言い放ちそうな高度成長期の男で、女2人も含め、山盛り摂取した鰻の精力など一晩で使い果たしそうな人々しか画面に映っていなかった。
やがて水谷良重が一線を超えた途端、家のソファでスリップ一枚で寝そべる場面。この映画には、愛人になった途端スリップ一枚でソファに寝そべる女ばかり出てくる!そして最後、留袖を雑な手つきで脱ぎ捨て、スリップ1枚になった(!)若尾文子が、玄関の草履を踏みつけ電気を消す場面の格好良さよ。
それにしても、この映画に登場する結婚式の場面、映画史上最も暗い結婚式だったのではないか。初めて観た、あんなお葬式みたいな結婚式。公開当時のポスターに書かれたコピーを読むのが、映画祭中の密かな楽しみだった。「妻の座を肉体で奪い合う!ただれるような女の斗い!」その言葉自体は消えたわけじゃないけど、使われなくなった日本語の言い回しってたくさんあるのだろうな。