若尾文子映画祭、5本目は、「雪の喪章」。角川シネマ新宿、基本的にはエレベーターや場内を若尾文子一色に染めた4階で観せたいのだろうけども、300席ほどを埋めるのは容易ではなく、時々60席にも満たない5階にしてみるのだけども、そうするとあっという間に満席になり…この中間の規模の上映ホールが欲しい!と、映画館側の人々は思われたのでしょうね。「雪の喪章」は小さいほう、5階で満員の観客の一部となって観ることに。
あらすじを引用。
「金沢の金箔商・狭山家を取り巻く複雑な人間関係の中で綴られる、絶望に耐えながら強く生きる雪国の女の奇妙な運命。冷たさと 美しさの危うい均衡の上に成り立つ水芦光子の同名小説を題材に、鬼才・三隅研次の演出が冴え渡る。」監督は三隅研次、1967年、大映のカラー映画。
若尾文子の役柄は金沢の金箔商に政略結婚のように嫁ぐ女の役で、結婚してほどなく、夫と女中(中村玉緒)の関係を知り、同時に実家が没落し退路を断たれ、逃げ道のない自分の境遇を苦しいながらも受け入れざるを得なくなる。そこに現れる金箔職人・天知茂。貧しい出自ながら戦後のどさくさに紛れ成り上がり、やがて没落した金箔商に手を差し伸べるほどになる。若尾文子と、金箔商のぼんぼん(夫)と、成り上がり職人の三角関係に、愛人たる中村玉緒が絡んでいく。戦争を経て、一家の度重なる不幸を経て、やがてくっくりと浮かび上がる何十年かにわたるプラトニックな愛の物語でもある。
狭山の家では、雪が降る時に必ず不幸が起きる…と、劇中何度も繰り返されるように、哀しみの背景にはいつも雪が降り積もって。何十年にも渡って指一本触れぬまま想いだけを寄せ合った天知茂に対して、若尾文子のとった振る舞いは静かながらあまりに多くが含まれているように思えた。そして若尾文子の物語に並行して裏で流れる、中村玉緒の物語にも感じ入らざるを得ない。旧家らしい家長制度の裏側では、このような女の語られない物語が山ほどあったのだろう。そして若尾文子の夫役…おそらく福田豊土という俳優なのだろうけど、あほぼん、という呼び方がぴったり似合う、やってることめちゃくちゃながら、育ちの良さゆえ悪意のないことだけは誰にも伝わる、という役柄にぴったりな風貌だった。初めて観た俳優だったし、他にどのような映画に出ているのかは知らないけど、「雪の喪章」において彼の表情や風貌は旧家のぼんぼんにぴったりだった、ということを記録しておく。ま、それ以上に若尾文子の、天知茂の、そして中村玉緒の、さらに雪の、そんな映画だったのだけれど。