CINEMA STUDIO28

2016-03-03

Election 2 以和為貴

 
 

銃撃戦の火花で暖をとる冬の終わり。家でコツコツ開催していたジョニー・トー映画祭のメモ。

 

エレクションの後篇、「エレクション 死の報復」を観る。原題「Election2 以和為貴」で、こちらのほうがいい。「和をもって貴しとなす」という副題が似合う物語だから。

 

前篇は黒社会で最大勢力を誇る一大組織の内情を描くクラシックな香港ノワール。2年ごとにあるトップ選挙、儀式、掟。カメラは香港の外に出ず、縄張りを暴力で支配して高いところから眺める尖沙咀の夜ほんま最高や!と狭い香港の内側の話だけど、後篇は返還後、中国との関わりの中で香港黒社会に射し込む変化の兆しを描いている。2006年の映画。

 

暮らしていた時間のせいか、北京(ひいては中央政府)のほうが体感的に身近で、だから香港や台湾の人々と話していて「大陸は嫌い」と言われるたびに少し傷つく私でも、返還式典をニュースで観て、香港の街並みに人民解放軍の車が入ってきた時は軽くショックを受けた。初めて香港に行ったのは返還前、まだ飛行機は高層アパートに住む人々が干した洗濯物に触れられるような距離を旋廻し、啓徳空港に着陸していた。その次に行ったのは2000年、旅行者の私は大きな変化は感じなかったけど、出かけたり食事したりした香港人は、変わってしまった、もはや返還前の香港ではない、と皆、寂しそうに口にした。

 

前篇から2年経ち、再びトップ選挙の年。2年の間に香港黒社会を取り巻く環境も激変しており、もはや内部で覇権を争うだけでは生き残れない。堅気になって大陸で商売を広げたい古天楽(ルイス・クー) は選挙に興味を示していなかったものの、中国公安との取引によりトップを目指すことになる。ああ面白い!黒社会を手懐け協調路線を築きたい中国公安の腹黒さよ。もはや敵は黒社会の中におらず外にいた。

 

 

古天楽(ルイス・クーと日本では表記されているけど、この中国名の漢字の並びや響きがとてもいい)、前篇では黒社会稼業の隙間に大学で経済学の授業を聴講している場面があった。後篇では大陸ビジネスに普通話を覚えるのは必須という心構えなのか、妻と食事するレストランでメニューを見ながら、漢字で書かれた料理名を普通話で読もうとトライするのだが香港人には馴染みのない音も多いのか、ウェイターにクスクス笑われながら訂正されるという場面があった。勉強熱心で真面目、そして本気で堅気になりたいのだなぁ、という解る場面でもあるし、今後は大陸の言葉を習得しないと商売にならない切実さも感じる。

 

 

返還後に行った香港でぶらぶら中華系デパートを歩いていたら、踊り場に普通話教材を紹介するブースがあって、香港の人はどうやって勉強するのだろう…と近づいて眺めていたら、売場の女性に話しかけられた。普通語の学習に興味ありますか?もう生活には困らないぐらいは話せるんです。え?どうやって勉強したの?北京で。え?あなたどこの方?日本人です。という不思議なやりとりをした記憶。遊んでいた香港人の友達は、官庁の高い役職に就く人は職業上の要請である程度は話せたし、若い女友達は学校で覚えたけど香港ではそれまで話す機会がなく、私と普通話で電話で話してる後ろでお姉ちゃんが「あなた何、普通話話してるの!面白い!」と茶々を入れる、という塩梅だった。あれは2000年頃で、それから数年経ったこの映画ではもはやビジネスでは必須という感じだったのだなぁ、と一生懸命な古天楽を観て思った。

 

 

トップ選挙は前篇に引き続き票獲得のため凄惨な手段も用い、しばらくミンチ肉が食べられるなくなると忠告された場面は、意外と大丈夫だったけど、ミンチにする前の場面で包丁を持つ古天楽の手つきが完全に肉屋のそれだったことと、犬にミンチ肉を食わせる檻の間の通路に古天楽の影が長く伸びる俯瞰のショットがキメキメに格好良く見惚れた。

 

 

しっかり黒社会もの、香港ノワール王道の艶やかさも保ちながら、政治も経済も変化の渦中にある街を、センチメンタルに過ぎない視点から描くジョニー・トーのような映画監督がいる香港が羨ましい。